第三話 The Eyes(4)

***


「っ、」


「お嬢様!」


 前ベイリアル家当主の屋敷で、ダリウスからトリスタン殺害の話を聞いたアンジェラがソファーの上に倒れそうになる。彼女の後ろで控えていたルークは、すかさずその細い身体を支えた。


「…大丈夫よ、ルーク。ありがとう」


「こんな惨い話を聞かせてしまい、すみません」


 やはりアンジェラには酷な話だったかと、ダリウスは反省したように自分の頭を掻いた。


「…いえ、教えてくださってありがとうございます…」


 青い顔でルークに支えられながらも気丈に振る舞おうとするアンジェラの姿は、ダリウスとギルバートの同情を引くには十分だった。


「それで…犯人は…」


「残念ながら、未だ目星はついていません。署内でベイリアル家と取引や付き合いのある人物を調べていますが、調査にはもう少し時間がかかるでしょう」


「……あの、もしベイリアルに恨みを持つ者が犯人であったなら…わたくしも、狙われてしまうのでしょうか…?」


 自分が狙われる可能性に怯えているのか、そう問いかけるアンジェラの唇は震えていた。


「その可能性がないとは言えません。ただ、これ以上の被害が出る前に、犯人を捕らえるつもりで捜査をしています」


「そう…ですよね」


「――お嬢様、」


 小さく震える主人を見かねた様子で、ルークがそっと口を開く。


「お嬢様のことは、このルークがお守りいたします。この命に代えても」


「っ、だめよ!あなたはもう、わたくしのためにその目を失ったじゃない…!」


 三年前の事件で、片目を失ったルーク。どうやらそれは当時、アンジェラを守って失ったものらしい。それを初めて知ったダリウスとギルバートは、彼の言葉がどれだけ本気なのかを察することができた。


「――すみませんが、煙草を一本、吸ってきてもいいですかね?」


 不安を漂わせるアンジェラの気分を変えるように、ダリウスがそう言った。


「あ、煙草ならどうぞこちらで…」


「いえいえ。若いお嬢さんの前で吸うのは、俺のマナーに反しますので。――執事殿、どこか煙草が吸えるところまで案内してもらえませんかね?」


「………」


「ルーク、案内して差し上げて」


「…かしこまりました。こちらへ」


 そうして応接間には、アンジェラとギルバートが二人きりになり。ダリウスの行動の意味を察したギルバートは二人の後を追うこともなく、目の前の少女を見た。


「ベイリアルさん。せっかくなので二人が戻ってくるまで雑談でもしませんか?」


「――ええ、よろこんで」


 ギルバートの提案に少し驚いた様子のアンジェラだったが、すぐに微笑んでそれを受け入れた。


 二人が話すのは、本当に他愛もない話だった。どんな食べ物が好きなのか、どんな色が好きなのか。ダリウスとギルバートの出会いや、仕事仲間たちのこと。時折微笑みを浮かべながら、アンジェラはギルバートの話を楽しげに聞いていた。


「二十歳なんて若さで巡査部長だなんて…ラーナー巡査部長はとても優秀な方なのですね」


「そうだといいんですが…。今の役職に就いたのも、つい一ヶ月ほど前の話なんですよ。同僚からは出世コースだと言われる一方で、もう運を使い果たしてそのまま二度と昇格しないんじゃないかと冷やかされたりもして…」


「まあ。ラーナー巡査部長ならきっと大丈夫ですわ。もっと上を目指せると思います」


「…ありがとうございます。なんだか照れるなあ…」


 ダリウスの癖が移ってしまったのか、その癖と同じように自分の頭を掻いたギルバート。


「あ、そうだ。よろしければラーナーと呼んでもらってもいいですか?巡査部長と言われると、まだまだ落ち着かなくて」


「ふふ。分かりました。ラーナーさん、とお呼びしますね」


「ありがとうございます。差し支えなければ、執事殿との出会いを聞かせてもらってもいいですか?」


「ルークとの出会い、ですか。そうですね…あれはちょうど、わたくしが物心ついた頃だったかしら」


 アンジェラの父――前ベイリアル家当主のグレンがある日、一人の少年を屋敷に連れ帰ったことから始まった。

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