4)『十五の君へ』が歌えない!


  あずみ、ピアノで『十五の君へ』を伴奏して歌うが、泣けて泣けて、とても歌えない。何度弾いても、同じところで泣けてしまう。我慢できない。


フクロウ:ども~、北相馬家のアイドル、フクくんです。あずみさんは何をしてるのかって? この五月でふたりの従弟妹が十五歳になり、北相馬家で「お誕生会をやろう!」って企画して、アンジェラ・アキさんの『手紙 拝啓 ~十五の君へ~』を弾き語りでやろうとしてるんですけど、あずみさん、どういうわけか途中で泣けてしまって演奏できずに困っています。はてさて、どうしましょう?


あずみ:(涙を拭いて)やっぱりダメだ、困ったな~、この企画、わたしが「やろう!」って率先しちゃったから、「やっぱやめます」ってどうしても言えね~! 特にねえちゃん。あいつ、鬼の首取ったように「それ見たことか」ってケラケラ笑うんだろうな。そう思うと悔しい。三女だから「有言不実行=超無責任」ってレッテル貼られちゃう。とっても悔しい。

 …そうだ、ねえちゃんと一緒に歌うのはどう? イケる?

 (呼びかける)ちょっと、ねえちゃん、いるんでしょ? 一緒に歌おうよ!

沙耶加:(出てくる)なになに? 歌どうよ、うまくいってる?

あずみ:ねえちゃん、実は…相談があるんだけど。

沙耶加:(姉後肌の気分)どしたんだい? あたしでいいなら相談に乗るよ?

あずみ:やった、助かった! 

沙耶加:で、どんな相談?

あずみ:一緒に『十五の君へ』歌ってほしいの!

沙耶加:な~んだ、おやすい御用。歌詞知ってるかな、あたし。

あずみ:こういうやつ!(伴奏する)

沙耶加:(最初のフレーズでもう泣けてくる)

あずみ:げっ、あたしより泣くの早えーじゃん! これじゃ余興にならないよ~!

沙耶加:ただ聴いてるうちは平気だったのよ? それがいざ歌おうとすると泣けて泣けて…。どうして?

あずみ:ねーちゃん、もう一回歌お?(伴奏する)

沙耶加:やっぱりダメ! 歌えない!(嗚咽がひどくなる)

あずみ:ええ~、困ったなあ…。

沙耶加:こういう場合、長女に任せるという解決策がある。後は任せた!(逃げる)

あずみ:ちょっと、ねえちゃん! ったくもう、次女は無責任だから。

塔子:(出てくる)たで~ま~。

あずみ:おけーり! おねえちゃん待っておりました!

塔子:へ? 何を?

あずみ:お誕生会の企画あるでしょ? わたしが言い出しっぺのやつ。

塔子:ああ、あったあった。

あずみ:お願い、一緒に歌ってほしいの!

塔子:ええ~~っ! 

あずみ:…ダメ?

塔子:(覚悟を決めて)…わかりました。頼まれたら断れないのも長女の特徴です。やるっきゃないっ(死語)!

あずみ:やった! じゃ一緒に歌お!(伴奏する)

塔子:(毒電波のようなザトウクジラのソングのような超音痴。みな聴くに堪えない歌声)

あずみ:ごめんなさい、やっぱいいです(ピアノの蓋を閉める)。

塔子:ええっ? どうしてよ??(無自覚)


***


  お誕生会当日。十五歳の従弟妹が前に座り、おねえちゃんズは尾崎豊『15の夜』をウクレレで演奏し、みんなで歌う(塔子は小声でハミング)。おねえちゃんズは大盛り上がり、従弟妹はぽかんとしている。椅子から降りてお辞儀して、去っていく。おねえちゃんズは手を振って応える。


塔子:(演奏が終わって拍手する)いや~、いい曲だったねえ。じんと来ちゃう。

沙耶加:あのふたり、ずーっとぽかんとしてたわよ? これでお祝いになったの? あたし不安だな~。

あずみ:あたしはそんなことないと思う。もしかしてジェネレーション・ギャップかな?

塔子:わたしたちが十五のときって、何考えてたんだっけ? どういう気持ちだっけ? もう忘れちゃった。

沙耶加:あたしたちにとって十五歳はもはや概念でしかないからさ~、ときは過ぎていくばかりで、あたしたちってもう若くないから。泣ける泣ける。

あずみ:なんだ、そっちか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る