全ては君を守るため

「ねぇ、あの犬はどうしたの?」


 楊の声が髙を回想から引き戻した。

 髙は本気で知りたそうな表情をしている楊に、その時のうっ憤も思い出してかなりそっけない声を出していた。


「葉山の現場に掛けてきたのが保健所からで、僕が受け取りに駆け付けたら保健所にいたのがあの子だったというだけです」


「あれがみーちゃん?猫じゃなくて?ブリュッセルグリフォンのあの子の名前がミルクとか?左目が潰されている所から、そんなに可愛がっていたようにも見えないけどねえ」


「さすが。その通りあれは違います。茶色の不細工しか合っていない可哀想な生き物を保健所の職員に押し付けられただけです。本物のみーちゃんは自力で戻って来て、ひと睨みで娘に母親殺しを葉山の前で自白させました。よって、残念ながらあの現場は事故死でも過失致死でもない殺意ある殺人事件現場となり、葉山の手柄となりました」


「はは。化け猫の復讐か。彼女は自分の良心に責められてびくびくしていたからね、完全犯罪は不可能だったか」


「かわさん?あなたは自白を促すためにわざと彼女を庇って優しく?」


「さぁ。もしかしたらちびもそんな復讐を君にしているのかもねぇ」


「かわさん?」


「ちびがさぁ、伝えてくれってうるさいのよ。僕がスタンガンを胸に押し付けてしまってごめんなさい。次は敵に対して使いますから安心してください、だって。どうしようもない馬鹿だと山口と頭を抱えたけれど、今の君には有効かな」


「……有効ですね。一生抜けない棘が刺さっている気がします」


 髙は武本玄人の名で、こん睡強盗に暴行、そして恐喝に麻薬密売をも繰り返していた青年が、逮捕されるたびに釈放されて世に放されるという歪んだ繰り返しを知っていた。

 その犯罪の元で被害者達が次々生まれ、しかし犯罪がもみ消されてしまうがために被害者に救済が無い。

 そんな現状を打破するために髙が計画したのが、武本玄人自身の殺害である。

 本部から尋問官として派遣された刑事は、偽武本玄人の事件をもみ消していた汚職警官であり、髙は共食いをさせるつもりであったのだと自分の愚行を思い出し、意識しないまま後悔の念をもって奥歯を強く噛んでいた。


「あんな誰も傷つけられない可哀想な子になんて事をって、後悔はつきないですよ」


「それじゃあさ、お願いがあるんだけど、いい?」


「あなたの十二日は諦めてください。普通の打ち上げパーティで玄人君に続行させますからお気になさらず」


「畜生」


「仕方が無いでしょう。あの田口が金村修平殺しの教唆犯ですからね」


「田口挙げる証拠が固まった?」


「まだです。ブログは玄人君のIPアドレスを乗っ取って製作されたものですし、武本玄人を名指しにして殺しを訴えているわけではなく、彼の後ろ姿の写真を曝して憎い奴だと書いているだけですからね」


 武本が金村に襲われた時に盗まれたミリタリーコートは、何処にでも売っているような物にも見えるが、何処にも売っていないヴィンテージ物であった。数年前の武本物産の限定品であるのだ。コートのシルエットを細身にする飾りベルトには髑髏モチーフの銀色のスタッズが並ぶなど、かなりの特徴がある。

 金村が殺された時に他に被害者が出る可能性でコートについて楊達は調べていたが、完全に売り切れているどころかプレミア迄ついているというものだった。

 それなのにコートを盗むどころかコートを台無しにする刺殺という点で、金村修平殺しの加害者の目的は武本玄人こそであったと断定するしかないのである。


「ちびの女装写真を使うって点も最悪だよね。あの子の写真だけで馬鹿が次々とブログに訪れて訪問者カウンターをぐるぐる回しているんだもの。最悪」


「それも計画でしょうね。今のところは問い詰めても玄人君の自作自演で通すことができるでしょう。自分を襲って大事なコートを盗んだ金村君を殺すか痛めつけたいがためのブログだと言われてしまえば彼が危険です。百目鬼さんは人一倍パソコンが得意らしいですからね、下手に手を出せないと言った方が早いですね」


「そっか。そんで今のあいつの危険度は一から十でどのくらいかな」


「不特定多数に狙われている状態ですからね、八、危険です。おまけに殺された金村は稲生組の孫でもありますからね、そっちが田口のブログに気づいたら玄人君の危険度は十どころじゃないですね」


「ブログを削除できない?」


「ブロックしたら金村君の刺殺でした」


「畜生。葉子の所は安全なようで葉子のせいで危険だし、百目鬼の所からあの子はゲームショウだって逃げちゃったでしょう。あの家が晒されたらそれこそあの子が不幸だしね。今回は僕ん家で預かろうかなぁ。あいつが来れば葉山も山口も泊まりに来るとしたら、どっちかが貼りついているから安全か。百目鬼はこっちの物件が多いからちびがこっちでも問題ないだろうし」


「そういえば、あなたの隣近所に警察官ばかりが引っ越して来たらしいですね」


「うん。すでに警察寮状態。休日を潰された警察官程怖いものは無いから安全かなって。でもさぁ、安いからって事故物件のあった地区の物件を進んで買うなんて、みんないい神経をしているよ」


「三体も死体が出てきた事故物件そのものを買ったかわさんを見習え、でしょう」

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