夢日記

くろかわ

カンガとセカンガ

 カンガの世界は幸せです。

 一つの山の恵みで世界は潤っています。木々は青々と茂り、季節ごとに花々が咲き誇り、そして実を結んだらそれを食べる。肉や乳は山羊は羊から採れます。

 山の外には何もありません。ただ山だけがカンガの世界なのです。


 山の頂上には逆さまに水が流れる滝があります。その滝の流れに沿って昇ると、他の三つの世界に行けると言われています。

 そのうちの一つがセカンガの世界です。


 カンガの世界では、夏の終わりに山への感謝のお祭りが開かれます。人々は総出になって、木々に灯りをくくりつけて、翌日その中を歌いながら練り歩くのです。

 カンガの世界の区切りはその一つだけ。あとは毎日変わりません。季節によって採れるもの、動物の世話が変化しますが、特別なことはお祭りの日だけです。


 お祭りの日には滝が開かれます。山の頂にあるそれに感謝を捧げるためです。

 生贄や供物を置いたりはしません。カンガの人々はただ祈るだけです。ただひとつだけ、手のひらくらいの大きさの木船に、感謝の言葉を書いた紙を置いて流すだけ。

 これを祈りとし、また次の年まで何事もなく暮らす。それがカンガの世界です。


 カンガの世界に少年がいました。毎年誰かが子どもを生み、毎年誰かが死にます。ごく自然に生と死が繰り返され、年によって人口が増えたり減ったりします。けれど大きな変化はなく、あるがままに生きてあるがままに死ぬだけです。

 少年は大いに不満でした。カンガの世界は、おとぎ話に聞くセカンガの世界と違いとても不便だからです。


 少年の聞いたセカンガのおとぎ話は、遠い昔からカンガの世界に伝わるものです。

 誰が歌い始めたのか、それともセカンガの世界なんて本当は無く、ただカンガに不満をもつ人が勝手にいいだしたのか、定かではありません。

 でも、その歌はカンガの世界の住人なら誰でも知っているのです。なぜならカンガの世界に不思議なできごとは起きず、物語の数もほんの少ししかありませんから。


 セカンガの世界では、火を起こすのに麻糸や薪を使いません。銀色の突起を押せば台所に炎が灯ります。夜の明かりを維持するには、油や松明を使いません。つまみを一捻りすれば、手のひらほどの小さな太陽が一晩中光るのです。橋のかかっていない川を渡るのも簡単です。カンガの世界の木船ではゆらゆらと波に飲まれかけることもありますが、セカンガの船は鋼でできていてとても頑丈です。櫂で漕がずとも、勝手に進みます。


 少年は、セカンガの世界に行きたいと強く願うようになりました。


 折しも夏の終わり。お祭りの日がやってきました。

 人々は普段と違って大忙し。木々に灯りをくくりつけ、世界中を照らします。いつものカンガの世界は夜になると真っ暗で、足元もおぼつきません。だから山に登って滝を昇るのは、お祭りの日しかありませんでした。


 少年は隠しておいた小さな木船を使って、別の世界へとつながっているという滝を昇っていきます。一度水の流れに乗ってしまえば後は簡単でした。水の流れが一人でに少年を上へ上へと導いていくだけです。


 滝を昇ると、遂に天まで届きました。水の流れだけが空に架かり、太陽の真下まで一直線につながっています。そして、太陽に一番近いところで四つに流れが分かれています。

 水流の交わる中心には一つの灰色の船があります。少年の使っている小さな木船と違って、とても巨大です。中には何十人も人が乗れそうなくらい大きくなものです。カンガの世界で一番大きな建物よりも大きく、少年は驚きを隠しきれませんでした。


 少年は声を張り上げて聞きました。

「あなたたちはセカンガの世界の人ですか」

 すると、声に応じて中から人が顔を出しました。

「その通りです。セカンガの世界と交換してもいいのか、他の世界の人に聞くためにここにいます」


 セカンガの世界の人が言うにはカンガの世界の他に、三つの世界があるようです。

 少年は再び聞きます。

「他の世界の人たちは、セカンガの世界を受け入れたのですか」

 セカンガの人たちは再び答えます。

「いいえ。彼らは結局、セカンガの世界を拒みました」

「でも、僕は違います。僕はセカンガの世界を受け入れます」

 少年が大きな声で答えるとセカンガの人たちは大いに喜びました。

 

 セカンガの人たちはしばし喜びの色を見せた後、落ち着き払ったふりをして少年に問いかけます。

「セカンガの世界とカンガの世界を入れ替えると、そちらがセカンガの世界になり、こちらがカンガの世界になります。本当によいのですね」

 セカンガの人たちは交換したくてたまらないといった雰囲気でした。


 カンガの少年は不思議でなりませんでした。おとぎ話ではあんなにも便利な世界。わざわざ退屈なカンガの世界と交換してくれるというのです。彼らは一体何を喜んでいるのでしょうか。

 少年にはわかりませんでした。だから。

「カンガの世界とセカンガの世界を入れ替えてください。どうすればいいのですか」

 セカンガの人たちは再び大きな歓声を上げ、

「太陽にお願いするのです。セカンガの代表と、カンガの代表のあなたと二人で」


 少年は立ち上がり、太陽に祈りました。カンガの世界とセカンガの世界を入れ替えてください、と。

 セカンガの船の上で一人の老人が立ち上がりました。そして祈りを始めました。


 すると、セカンガの船がみるみるうちに木でできた帆船に変わっていきます。

 逆に、カンガの少年の船は鉄でできた頑丈な小舟になりました。


 セカンガの代表の老人はカンガの少年に頭を下げ、こう言いました。

「ようやく我々はセカンガの世界から解き放たれました。今から我々がカンガの民となります。さようなら、セカンガの人」

 

 こうして少年は、セカンガの少年になりました。


 鉄でできた頑丈な船は櫂を漕がずとも進みました。滝の流れに逆らってすいすいと降っていきます。

 そして、滝を降りたとき少年が見たのは、見慣れた山ではなく鉄と土のようなものでできた山でした。

 そこは昼間だというのに明かりがぴかぴかと光り、たくさんの建物で世界が埋め尽くされていました。


 少年は見知った顔を見つけて聞きます。

「夏祭りはどうなったの?」

 顔見知りは答えます。

「夏祭り? 何を言ってるんだ。そんなもの無いよ。毎日働いているじゃないか」


 本当に、カンガの世界はセカンガの世界と入れ替わったのです。


 セカンガの世界には、区切りというものがありませんでした。

 夏祭りはもう行われないのです。

 永遠に。


 少年は少しだけ寂しく思ったあと、便利になったセカンガの世界を楽しみ、そしてカンガの世界の歌をひっそりと歌うことにしました。



 おしまい。

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