初めまして、殺します。

魔導管理室

オモテ

家族も寝静まり、日にちが変わったころ、僕はいつものように家を抜けだした。

もう何か月も前からの習慣で、目的は当初から変わらない。


自殺しに行くのだ。


まあ、何か月も続けていることから分かるように、どれも自殺未遂で済んでいる。

飛び降りようとしたことは両手の指じゃ数え切れないし、首を吊ろうとした回数はもう思い出せない。

でも、死ねないのだ。毎回する直前になって怖くなり、死ぬことができていない。

僕は、自殺志願者である。いや、これは正確ではない。なんて言えばいいのか分からないが、あえて言うなら。

自殺未遂志願者。だろうか。


別にいじめられているわけではない。虐待を受けているわけでもないし、失恋やらなんやらではない。将来の不安は...なくもないけど自殺するほどじゃない。

じゃあなんで自殺未遂をするのか。自分でもよく分からない。これを始めたきっかけもよく分からない。

これはもう一種の趣味だ。毎日決まった時間に家を出て、自殺未遂をし、何事もなく家に帰る。疲れた日も、翌日に予定がある日も、雨の日も。

一日だけ、行かなかった日がある。八月ごろだったか。その日は数日前から台風が上陸してくると言われていた日で、案の定台風が来たため、外に出れずに自殺未遂をしなかった日がある。

翌日、僕は得体のしれない不安に襲われていた。なんで自分はこんな事をしているんだ?何で僕は生きてるんだ?何で、何で。

その日は危なかった。その時によくやっていたのは、切腹というか何というか、要するに自分で自分を刺す。という物だった。

いつもなら、自分の肌にナイフを近づけただけで震えが止まらなくなるのに、その日は躊躇すらしなくて、

肌にナイフが触れて、その痛みで我に返った。


それから、一度たりとも欠かしたことはない。

今日もいつも通りに未遂をしていつも通りに家に帰る。

そう思っていた。





























今日は月も出ていなく、近くに街灯もないので、見えるはずがない。なのに、その少女ははっきりと。まるで自ら光を発しているように思えた。


運命だと、思った。その少女は、今まで見たどんなものよりも綺麗で、輝いて見えた。これまで見たどんな物も彼女の前ではゴミ同然だろう。


「初めまして」


ああ、やっと分かった。自分が毎日自殺未遂を繰り返してきたのは、証明したかったんだ。

自分はまだ死なないって。

死ぬのが怖くなることで、消極的だけど、生きてていいって思えていたから。


「こちらこそ、初めまして」


何か考えて発言したわけではなかった。これまで生きてきて培ってきた「常識」が、その言葉を返した。でも、じきにその「常識」は消えてなくなるだろう。

だって、今思っているのは「常識」とかけ離れたことだ。


清々しい気分だ。こんな気持ちは初めてだ。空はこんなにも暗いのに。心はどこまでも澄み渡った青空のように...やめだ。自分の貧弱な語彙で表せるものじゃない。

感じるままで十分。十分すぎる。

不思議と、恐怖はなかった。恐怖がないどころか、むしろ望んですらいる。この人になら、なんて消極的なモノじゃない。これまで何度も何度も感じて、怖くなって、やめたことなのに。


この人が、いい。この人じゃなきゃ駄目だ。——されるのも、——すのも。


「殺します」「死ね」


僕らは互いにナイフを抜き、走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初めまして、殺します。 魔導管理室 @yadone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ