第1話


「イゴル。キミにはうんざりだ。もう俺たちのパーティから出ていってくれ」


 と、パーティリーダーのデニスが言う。

 その表情からも、俺に対してうんざりしていることが判る。そして、他のパーティメンバーたちの表情も同様のものだった。


「わかった」


 俺は素直にそう返事をする。

 

「長年……キミは引きこもりだったんだ。悪い言い方をすれば、使えなくて当然だよな」


 デニスの口調は、次第に強くなってくる。まあ引きこもりだったのは事実だが、それは何年も前の話だ。

 その話を持ち出されても、俺としては困るところなのだが……。


 しかし、その事実を知らないパーティメンバーたちは、デニスに便乗して嘲笑する。


「イゴルって、本当に使えないよね。こんな奴のために、報酬が減るのはホントっ嫌」


 と、『脱兎の耳』メンバーの1人である女冒険者アンナが言う。彼女は、俺が『脱兎の耳』に加入した当初から毛嫌いしていた節があった。そのためか、ここぞとばかりに俺を責め立ててくる。


「素直に応じているんだ。これ以上言わないでくれよ」


 俺も人間である以上、あまり言われるとイライラする。

 だから、そう言った。


「何がこれ以上言うなだよ? このパーティに入って4カ月。キミは何もしなかったじゃないか。そんなキミにも報酬を山分けしていたんだぞ? この穀潰し! 」


 デニスの怒りを食い止めていた壊れかけのダムが、ついに決壊したのだろう……。


「悪かったよ。なら、今まで分け前として貰った報酬は全て返す」


「返す? なら、奴隷として僕のために何でもしてくれるんだよね? お詫びの印として、そのくらい出来るよね」


 この野郎……。


「わかった。なら、カネは返さない。自由に使わせてもらう。じゃあな」


 俺はそう言って席を立ちあがり、冒険者ギルドの建物を後にしたのであった。


「このクズが! また引きこもりにでも戻るんだな! 」


 デニスの大声が聞こえてきたが、まあ放っておくとしよう。これで、B級冒険者パーティ『脱兎の耳』とお別れだ。1匹のネズミが消えて、さぞ気が晴れたことだろう。

 

 俺はそのまま、自宅へ向かって歩く。

 と、その前に飲みなおして帰るとしようか。


 それにしても、やはり王都ムーク市内には浮浪者の姿が全く見えない。これでも数年前は、市内のあちこちに居たというのに……。




 1カ月後。

 冒険者ギルドに併設された酒場にて……。


「イゴル。貴方には出ていってもらう」


 と、パーティリーダーのエリン・アストリーが言う。

 まさに、1カ月前を思い出させてくれるシチュエーションだ。俺はあれから、ルーキーたちで結成されたパーティ『乙女隊』にスカウトされていた。


 『乙女隊』だけに、俺以外のパーティメンバーは全員女性だったわけだが、まあ俺が今回抜けることで名実とも完全に『乙女隊』になるわけだな。


「わかった」


 我ながら、あっさりしているような気がする。何だか人間味を感じない。


「イゴルには……このパーティは相応しくない。でも他はすぐ見つかるはずよ」


「そうか。で、今まで俺が貰った報酬はどうする? 」


 1カ月前、デニスにそう訊いた時のことを思い出す。返すと言ったら、奴隷になれと言われたのだ。


「それはそのまま、イゴルの分で良いよ。当然の報酬なのだから」


 デニスと違って、エリンは優しいようだ。


「そうか。じゃあな」


 俺はそう言って、席を立ち上がろとする。

 

 パチン!


 俺の右の頬に、衝撃が走る。エリンがビンタをしたのだ。

 彼女は涙目になっている。


「……どうした? 」


 咄嗟に、俺はそう訊く。

 暴行を受けたわけだが、怒りは湧いてこない。それほどに、突然のことで驚いているからである。


「……」


 しかし、彼女は黙ったままだ。だが何も言葉を発さない代わりに、涙がポロポロと流れる始末である。


 どうやらエリンは、デニスとはまた違う感情を俺に対して抱いているようだ。

 まあ、それが具体的にどういうものか俺には判らないが……。


「と、とりあえず俺は冒険者ギルドには顔を出す。もし何か言いたければ、その時に好きなだけ言ってくれ」


 俺はそう言って、逃げるように冒険者ギルドを後にした。

 


「明日からソロで活動するか」


 冒険者として……さらにソロで飯を食っていくのは、俺からすれば簡単なはずだ。

 むしろ、他の冒険者といがみ合いながらどこかのパーティメンバーでいるよりかは、ソロの方が気楽で良いかもしれない。


 ただ、依頼によっては、複数人での活動を条件とするものもある。そして、そのような依頼に限って報酬も良いのだ。


 とはいえ、そもそも俺はカネが欲しいという理由だけで冒険者を始めたわけでもない。

 冒険者という身分を欲して、冒険者になったのである。冒険者であれば、冒険者大会に参加できるからだ。


 つまり、無理して依頼を受けなくても良いわけだが、それでも目先の「あぶく銭」というのは、強烈に欲しくなるときがある。



 翌日。

 俺はとりあえず何かしらの依頼を受けるために、冒険者ギルドへとやって来た。


「見ろよ? あの引きこもり、またパーティを追放されたって言うのに、今日もここに来るとはな」


「他に仕事が無くてしがみついているんだろ? 無様な姿だね」


「あいつの天職は引きこもりなのにな」


 と、あちこちから心無い言葉が聞こえてくる。

 さらに、すれ違った女性冒険者が侮蔑の籠った表情を向けてきた。


 だが、そのようなことは放っておくに越したことは無い。ここへやって来た理由は、あくまでも依頼を引き受けるためなのだからな。


 俺は、冒険者ギルドの掲示板を眺める。

 1つの依頼で金貨数枚は欲しいところだが、あいにく俺はF級冒険者だ。通常、その額が手に入るだけの依頼を受けることは出来ない。


「スライム退治で良いか」


 選択肢があまりない俺は、スライム退治の依頼を受けることにした。街道にスライムが大量発生して通行の妨げになっているらしい。

 

 報酬は、スライム一体の討伐で銀貨1枚だという。討伐の証明方法として、スライムのコアを拾う必要があるのだが、その銀貨1枚にはスライムのコア買取の分も含まれているとのことだ。


 まあ、とりあえず100体倒せば、金貨1枚になる計算だな。


「すみません。スライム退治の依頼を受けたいのですが」


 俺は、貼り付けられた依頼票を手にして受付に向かった。

 どうやら担当していたのは、顔なじみの受付嬢ヒルダだったようだ。


「この依頼を受けたい」


「あら? イゴルさん。今日は……ソロですよね」


 受付嬢のヒルダも、俺の話は聞いているのだろう。


「ああ。まあ、スライムくらいならソロでも充分だろ」


「確かにそうですけど……イゴルさんはF級冒険者です。スライムだからと言って侮ってはいけませんよ? パーティの斡旋もやっていますので、もしよければどうですか? 」


「いや、しばらくはソロでやらせてもらうよ」


「そうですか」


 受付嬢ヒルダはそう言って、依頼票にハンコを押す。


「……ではお気をつけて。危ないと思ったら、直ぐに逃げてくださいね」


 それから俺は直ぐに、スライム退治に向かったのであった。





 イゴルが去って行く姿を眺める2人の姿があった。

 1人はB級冒険者のデニス、もう1人は冒険者ギルドの王都ムーク市支部における副支部長を務める男である。

 

「副支部長。今度は彼にしましょう。今度は彼をこの冒険者ギルドから追放するのです」


 そう言うデニス。

 表情こそ神妙な面持ちだが、彼の内心はその表情に似合わないものだった。自己の欲求を叶えたいだけなのだ。


「デニス君の言うとおりだな。あいつ(イゴル)は2度もパーティから追放されている。その上、ソロ活動中に失態でもされると我々冒険者ギルドの名も下がる。そろそろ冒険者ギルドからも追放するのが良いだろう」


「まあ、1回目は僕が追放させたんですけどね。……ところで、今月分です」


 デニスはそう言うと、副支部長に金貨数十枚をこっそりと手渡す。


「ありがとう。いつも助かるよ。そろそろ戻る。仕事があるからね」


 手慣れた手つきで、それを受け取った副支部長は去って行く。

 そして、デニスの表情は途端に変わるのだった。醜悪な笑みに。


「キミの絶望した表情を見せてくれ。そして僕の忠実な下僕になるんだ」


 と、誰にも聞こえない声で呟くのであった。

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