すべてのメスガキを駆逐する。ただ一人のメスガキのために

読図健人

第1話 世界はメスガキの炎に包まれた


 知っているだろうか?


 メスガキは三種類に分けられる。


 既にメスガキになったもの。

 これからメスガキになるもの。

 かつてメスガキだったもの。


 ……この三つだ。



 情緒的な話でも、観念的な話でもない。

 本当に物理的にこの世にはそれしかないのだ。


「ざーこ♡ ざーこざーこ♡」

「部屋から出てこれないのー♡ 情けな♡」

「お外に出られないなんてかわいそ♡ ざーこざーこ♡」


 扉の向こうからは、数多のメスガキの声がする。

 メスガキの呻き声だ。

 果たしてそれを、呻き声と呼んでいいのか。あまりにも明瞭に意思を感じさせる。

 彼らは皆、メスガキウイルスの感染者だ。


 Malignant(悪性)

 Erythrocyte sensitized with Antibody(感作赤血球性)

 Severe(重症)

 General(全身)

 Arterial(動脈血中)

 Killercell-depletion (キラー細胞喪失)

 Immunodeficiency(免疫不全症)


 その頭文字をとって――M・E・S・G・A・K・I――メスガキだ。メスガキなのだ。

 ウイルスに対して反応した抗体の感作を受けた赤血球を媒介に、それは感染する。

 そして嘲笑うかのように感染者の動脈を伝わって全身に回ると、キラー細胞と呼ばれる免疫細胞を蹂躙していく。

 結果として深刻な免疫不全を起こし、感染者は――その他の感染症との合併により死亡する。


 いや、死亡するだけならば……まだ救われただろう。


 このウイルスは、昆虫に感染した一部のウイルスがそうするように宿主の運動機能に働きかけて彼らを操るのだ。

 そう、これが、

 メスガキキャリアー(保菌者)――――である。



 そのウイルスの感染を受けてから、感染者にはメスガキ化の兆候が現れる。

 即ちは――挑発的言動や凶暴性、性衝動の亢進。

 異性を挑発し、見下し、そして誘惑するような態度と言えばわかりやすいか。

 これが、


 僅かに残った非感染者のコミュニティは、そんな言動を感染者を認定し――鋼の理性と規律によって、親類縁者であろうともコミュニティから排斥するようになっていた。

 まさに、メスガキ・マッポー・アポカリプス。

 人々はメスガキを恨み、嫌い、疎み――――何よりも恐れていた。


 そして今自分は、食料確保に向かったビルの一室に追い詰められ、手の内のショットガンと共に扉を叩くメスガキの群れに怯えている。

 扉の向こうには多くのメスガキが蔓延っている。

 勿論だが……あくまでもその外見は感染者した本人のものであり、メスガキ的な言動をしているだけであってメスガキではない。


「――とは、いかないからな」


 


 今更こうなっては人の形をした者を撃つことに、或いはこうなる前からもさほどの躊躇いは持たなかった。

 だが、それは、子供なのだ。

 免疫不全に伴って、死亡に伴って、新陳代謝の停止に伴って感染者の体細胞は時間経過と共に死滅していく。


 だが――一体何の偶然か。


 彼らの体細胞は、メスガキの形に尽きていく。

 つまり感染から日数が進んだこの日において、扉の向こうにいるのは、真実メスガキでしかないのだ。

 文字通りに――人をメスガキにするウイルス。


 基本的に哺乳類に共通して、それが他種の哺乳類であっても幼体に対しての保護意識というものが働くようになっている。そんな本能がある。

 その本能を利用して繁殖を行うウイルス。

 どこまでも感染を広げていくもの。

 特定の異常な性的嗜好の持ち主でなくとも、同種の幼体に対して攻撃を加えることは本能的な忌避の呼び声を呼び覚まし――


「さっさと撃っちゃいなさいよ。思い切りがないんだから。前髪スカスカ。ばーかばーか。あんなの偽物じゃない」


 背後からかかった少女の声に、現実に戻される。


 言葉の内容はさておき、彼女のその口調には何の瑞々しさもない。平坦な機械や不慣れな俳優がそうしているかと思えるほどに、感情と人間味に欠けていた。

 ボサボサと手入れもされずに伸び切った黒髪と、ぽっかりと虚ろに荒んだ目。

 彼女は、メスガキだ。いいや、彼女こそがメスガキと言っていいだろう。


 これが分類の三番目――だ。



 メスガキウイルスの感染者は全て、メスガキ的な言動をする。そしてメスガキ的な外見を持ち、どこまでもメスガキ的に振る舞う。

 ならば、メスガキ的に振る舞う者もまた――――メスガキウイルスの感染者と見做されてしまうという論理の罠。

 彼女は、登美丘とみおかルナはメスガキだった。かつてはメスガキとして生きていた。


 だがこの世において、そんな個性は許されない。


 髪を彩る飾りも、印象を決めるための服も、笑顔も、言動も――――彼女はその全てを剥奪された。

 メスガキ蔓延るこの世において、最早、本当のメスガキであった彼女が受け入れられる場所はないのだ。

 出会ってからしばらく、笑顔さえ浮かべない。

 言葉の内容だけは取り戻されては来たが、その声色は陰っている。


 彼女というメスガキは、全てを奪われて荒んだ目の子供になった。身寄りもなく、笑いもなく、己自身をも否定しつくされた子供になった。

 ああ、だから。

 やることは、単純なのだ。


「静かにしてろ、クソガキ。また幾らでも喚かせてやるから」


 そうだ。

 これはメスガキに負ける話ではない。


 一人の少女が、メスガキを取り戻すまでの物語だ――。

 

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