魔法少女☆ノブナガ

ワダツミ

第1話【魔法少女☆ノブナガ】

 どこからか水音がする。

 未だ重いまぶたは開けられそうにもないが、思考は不思議とはっきりとしていた。

 川のせせらぎのような流水の音。それはほど近いところからしているようだ。

 ここは本能寺の一室、のはず。この水音はどこから・・・・・・。

 もうじき日が明ける頃だろう。そうしたら確認してみよう。

 それまではもう一眠りしよう。

 日が明けたらサルのいる中国へ行かねばならん。

 再び微睡み始めたところで、聞き慣れた声がした。

「――殿・・・・・・大殿」

「ん、んん・・・・・・なんじゃ・・・・・・」

 重い体を無理矢理起こして眠気眼をゴシゴシとこする。

「大殿、ようやくお目覚めになりましたか」

 声の主を見ると、そこには小型の獣がいた。

「――ッ!?」

 こやつはなんじゃ。

 外見は子熊のような丸い耳の二頭身の生き物、だがおよそこの世に存在する動物とは思えない。

 例えるなら子ども向けに拵えた人形のような生き物。

 それが意思を持って動き言葉を発している。

 目の前の面妖な存在に言葉を失っているとその謎の生命体は発言する。

「大殿、現状が分からないといった様子ですね」

「その通りじゃが・・・・・・待て、その声」

 この生き物の声に聞き覚えはあった。

 忘れようもないくらい何度も聞いてきた声じゃ。

「お前、もしや光秀か」

「さすが大殿。惟任日向守にござります」

「本当に光秀なのか・・・・・・して、その姿は何じゃ。お前もっとはげ散らかしたおっさんじゃったろう」

「はげ散らかしたは余計です!あの姿は仮の姿。こちらが本の姿なのです」

「これが光秀の正体・・・・・・?ああ、分かったぞ。まだ夢を見ているのじゃな」

 ワシとしたことが惑わされてしまったようじゃ。

 中国に向かわなくてはならんのに油断しすぎたか。

 それに光秀は先にサルの元に行っているはずではないか。本能寺にいるはずがない。

 考えれば考えるほど現実味のない状況じゃ。

 そもそも光秀を名乗る謎の生物に気を取られて気づかなかったが、辺りを見てみれば本能寺とはまるで違う場所じゃった。

 石の床に精密な細工のされた石の柱が何本も立っている神殿のような所で、壁にはくゆる炎と小さい滝のような水が流れている。

 ワシが寝ておったのは人工的に造られた泉のそばのようじゃ。

 水音の正体はコイツじゃったらしい。

 いずれにしても本能寺とはほど遠い。

「そういうことならまだ眠れるな」

「いや、夢じゃないですから。堂々と二度寝しないでください」

「なにを夢の分際で。この信長の眠りを妨げるとは生意気な」

「大殿、あなたは本能寺で討たれました。この光秀によって、です」

「・・・・・・それはなんの冗談だ。くだらん、ワシは寝るぞ」

「冗談などではありません。大殿は本能寺で寝ていたところをこの光秀に謀反され焼き討ちにされたのです」

「ならばなにゆえワシが生きている、矛盾しているではないか」

「生きている、とはいいがたいですね。ご自身の姿をよくご覧ください」

 半信半疑で自らの腕を見て愕然とした。

 陶器のように白く細い腕、自分のものより小さく美しい手指、そして――

「胸がある、じゃと・・・・・・?」

「はい、大殿。大殿には魔法少女ノブナガとして転生していただきました」

「魔法”少女”じゃと!?」

 思えば声も女子のようになっていた。元から声は高い方だったが、明らかに自分のそれとは質の違う声。

 慌てて泉に這い寄ると水面に自分の姿を映し見る。

 絹のようにしなやかな黒髪の、少女の姿がそこにあった。

 大きな瞳、通った鼻筋、そのいずれをとっても見覚えのない女子の姿だった。

「嘘じゃ・・・・・・、なぜゆえ!なにゆえこのようなことをした!光秀!申してみろ!」

 憤りは抑えられなかった。信じていた重臣中の重臣たる光秀がワシを裏切るようなことをするとは信じられなかった。

「大殿のお怒りはごもっとも。しかし、これは大殿にしかできないと思ってのことなのです」

「ワシにしかできないことじゃと?どういうことじゃ」

「まずはこの世界について説明しましょう」



【次回】『二人の魔王と本能寺の変作戦』

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