side桜花 2(過去)





 夏の大会が終わり、部活を引退して本来なら完全に受験シーズンに突入する時期らしいが、私たちの中学は中高一貫校である。その為、受験が無しにそのまま高校に上がれる。クラスのみんなも張り詰めた空気は無く、この日もいつも通りだった。



 私は部活が終わった後も偶に顔を出したり、教室に残って勉強をして放課後を過ごしていた。






 この頃には、私は自分の気持ちを分かっていた。彼が好きなんだと。



 わざわざ教室で勉強していたのは、下校時間まで寝ている彼を起こしたかったからだった。



 いつもは、放課後には早々に帰宅している彼だが2週間に1度位の割合でそのまま眠り続ける日がある。私はその日が好きだった。起こしてくれた私に、彼が私の名前を言うその日が好きだった。

 


この日がいつも通りでなかったのは、放課後からだった。





 珍しいことに彼は寝るでも帰るでもなく、担任の後ろに付いて教室を出て行った。彼が先生に呼ばれることは、ほぼ無くなっていたのに。



 彼が教室に戻って来ないまま、30分が経過した。たった30分。それが、私が集中出来なかった時間だった。



 纏まらない思考で、解けなかった問題を聞きに職員室へ向かった。彼を探すことを目的に半分。



 ▪︎▪︎▪︎



 彼は職員室にいた。よく生徒と先生が話し合う場所で、お互い席に座り机を挟んで担任と対面していた。


 彼を見て、自分が恥ずかしくなった。探していた先生がいなかった風を装って職員室を出ようとして、2人の会話が聞こえた。





 「本当に別の高校を受けるのか?」


 「はい」


 「ここの高校は駄目なのか?うち高校も進学校の部類に入るしエスカレーター式で受験もないだろう」


 「編入試験あったから、ここにしたんで」


 「そうか....... 分かった。書類も用意しておく。偏差値の高い高校だが、順当に行けばオリアンなら受かるだろう。..その分うちにいて欲しかったがな」


 「ごめん、なさい」


 「謝ることじゃない。先生は生徒の道を応援するもんだ。..頑張れよ。分からないことがあったら聞きに来ればいい」

 

 「はい。....失礼、しました」



 後から分かったことだが、彼が受けようとしていた高校は彼の住んでいる場所から最も近くの高校だった。


 話が終わったこちらに来る彼は私を視界に入れただろうに、特段気に留めず職員室を出て行って。



 その後私も、職員室を出た。嫌な汗か背中に流れるのを感じていた。


 彼が、何処かに行ってしまう。もう会えなくなる。


 ..嫌。そんなの嫌。認められない。受け入れられるはずがない。嫌、嫌嫌嫌………


 








 でも、何故か冷静な私がいた。自分が今すべき事を、分かったいた。



 私はその夜、両親に人生で1番の我儘を言った。





 ▪︎▪︎▪︎





 「別の高校を、受験するのか。桜花」


 「はい。すみません、急になことで」


 「まぁ、な。この時期になってから言われると思っていなかった。てっきりそのまま高校に上がると思ってたし。それに受ける高校がなぁ」


 「どうかしましたか?私の学力なら受かる可能性は十分あると思うのですが」


 「そうなんだが..... 実は、オリアンも同じ高校を受けるらしい」


 「えっ!そうなんですか。知りませんでした」


 「ああ。..内の2大巨頭が違う高校に行ってしまうのかぁ。...親御さんからも連絡入っているし、書類準備しとくよ。勉強がんばれ」


 「はい。ありがとうございます。......失礼しました」







 「...はぁ。笑顔なのに、目が少し淀んでいた ....疲れているのか、本当は受験するつもりじゃなかったのか、それとも他か... 」



 ◾︎ ◾︎ ◾︎



 結果的に、私の我儘は通った。高校受験をすること、それに一人暮らし。この2つが叶った。厳しいと思っていた両親だが、勉強と習い事に関してはお金に糸目はつけなかった。


 私への無償の愛情だっただろうけど、そんなこと考える余裕は無かった。




 私は今まで勉強してきた意味が分かった。彼と同じ高校に入るための勉強だったんだと。



 そこからの時間経過はあっという間だった。


 

 あの日から部活に顔を出すこともなくなって勉強していた。友人にも高校受験のことは言わず、ひたすら勉強する日々。怪しまれない程度に休みは友人と遊ぶ日々。



 


 卒業式の2日前、自宅に合格通知が届いた。そして、







 「…年度、◯◯中学校の卒業証書授与式を終了いたします。......卒業生、退場」



 卒業式はそつがなく終了し、中学校生活が終わろうとする。




 ▪︎▪︎▪︎




 「どうして!どうして言ってくれなかったの!?陽菜!」


 「ごめん」




 卒業式の後、中学最後のホームルームで私と彼が違う高校に行く事が担任から告げられる。思うことは人によって千差万別だが、



 私が違う高校に行くことに、友人は泣いてくれた。



 「せめて、もっと早く言ってくれたら気持ちを整理出来たかもしれないのに!?……友達なら、言って欲しかった」



 「勝手でごめん。..これからも、友達、だよね」




 「ッ当たり前でしょ!高校でも一緒に遊ぶからね!」




 私も暗い顔していただろう。実際悲しみはあった。だがそれ以上に、私は私と彼のことを知る人がいない高校に行きたかった。





 ◾︎ ◾︎ ◾︎





 「草木も芽生え、春うららが似合うこの日に、私たちは△△高校に入学しました。今日は私たちのためにこのような盛大な式を ………………………





 中学校の卒業式から高校の入学式までは、全くと言っていい程、日数は無かった。




 一人暮らしの準備、下見、新入生代表のスピーチ練習であっという間に時間は吸われていった。

 



 新入生代表は、恐らく彼が断ったから私に来たのだろう。





 入学式は滞りなく終わり、自分の教室にに戻ってホームルームが行われる。



 彼と同じクラス。


 入試の成績順で分けらるクラスは、私と彼がクラスメイトになる可能性は充分にあった。それでも、いざ分かると嬉しいものは嬉しいのだ。






 「ホームルームを始めます。皆さんの担任となった◯◯です。担当教科は数学なので、分からないことがあった是非聞いて下さい。一年間よろしくお願いします」


 担任の先生は自身の名前を黒板に書きながら自己紹介をした。だが、みんな彼に意識が向いてしまっている。当然だ。彼は異質だから。



「それじゃあ、出席順に自己紹介をお願いします」

 

 先生もそれに気づいてが、職務を全うすべくそのまま続けていた。






 

 「ありがとう。じゃあ次の人」



 「..ルイ・オリアンです。よろしくお願いします」


 注目の彼の自己紹介は、中学と同じで淡白な物だった。まだ寝てはいなが、顔は既に眠たげだった。


 ずっと変わらない彼に、久しく聞いていなかった彼に、心が沸き立つ。



 

 対人関係は初めが肝心。私には、早々にすべき事があった。










 「ねぇ、私も混ぜて貰っても良いかな?」




私はまず、友達が多そうなグループに声をかけた。




 「良いよ。ねっ、みんな」 


 「うん、よろしくね」「桜花さんだったね。一年間よろしく」



 「ありがとう。私の事は陽菜って読んで。私ね、隣の◯◯県から来たの。それで同じ中学の人が1人しか居ないの」


 「そうだったの。じゃあ遊びに行く時は私たちに任せて。..そう言えば、同じ中学って誰?この教室にいるの?」


 「うん、いるよ」


 「誰だれ!男子?女子?」


 「オリアン君だよ」


私の言葉に、上手いこと食いついてくれた。


 「えっ!?本当!」


 「うん。彼は中2の時に転校してきたの」


 「へぇ〜、そうだったんだ.....えっ彼ってもしかしてさ、そういう関係?」


 「まぁ、、そこはご想像にお任せします」


 私は言葉を濁しながらも、その実、相手がどう捉えるかを分かった上で発言した。


 クラスメイトは私と、もう寝ている彼を交互に見る。


 「美男美女のカップルっていいな〜」


 「美人って、、ありがとう。..彼は私のこと言わないし、過眠症で大体寝てるから。でも、私よりもずっと頭が良いの」


 「陽菜って確か、新入生代表だったでしょ」


 「そうだよ。多分、彼が辞退したんだと思う。人前で話すの、苦手だから」


 「じゃあ、そっとしておかないとね。彼女に任せて」 



 私は、直接明言する事を避けて外堀を埋めていく。私と彼の事を誰も知らないのいい事に。


 彼が、人が苦手という虚構も交えて、彼に誰も近づけさせないことも抜かり無く。




 少しずつ、少しずつ彼が寝ている間に浸透させていく。


 彼だけには知られずに。着実に。






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