紹鴎という男への応援コメント
やはり応仁の乱があったからでしょうか?
村田 珠光の件にしてもそうですが、文化や技術では当時は京都よりも奈良が進んでいたような気がします。
興福寺の影響かもしれませんね。
面白いからというのは真理ですね。
一見いい加減に見えても、それが歴史に繋がるというのは多々あるかと思います。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
応仁の乱のせいですよね^^;
奈良も政情不安といえばそれまででしたが、京都ほど戦乱に明け暮れたりはしなかったのでは。
お公家さんも、近場だから避難しやすいし。
おっしゃるとおり、興福寺という「蓋」が存在していたことも大きいと思います。
そして後年、そんな奈良でヤンチャする松永久秀ェ……(笑)
……結局、武野紹鴎は名器名物の茶が好きだしそれが身上だったと思います。
でも、わび茶のことも認めていて、それを否定しなかったから、わび茶の流れが、珠光から利休へと「糸」が繋がることになった、と思います。
この頃って、茶という芸術の勃興期でしょうから、それこそ「面白い」が原動力だったのでは……という想像で書いてみました^^;
たしかに、歴史って、そんな見えないものが繋げていくことって、あると思います。
ありがとうございました!
紹鴎という男への応援コメント
こんばんは、御作を読みました。
やっぱり義政さんの価値観は、革新的過ぎてぶっ壊れてますね。誰も受け継げないレベルだったわびさびという価値観の祖先。
紹おうさんという、利休さんに繋ぐ方がいて本当に良かった。面白かったです。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
義政さん、これ将軍レベルの金銭と権力がないと出来ないよ、という美の追求をしてますからねぇ(遠い目
堺の豪商たちも、やはり同じように財があったから、いろいろとやれたと思います^^;
でもその行きつく先が、金銭や権力と真逆のような、わびさびというのが面白いと思いまして……。
紹鴎と利休、同じクラスだけどそんな親しくない感じの付き合いっぽいですが(笑)、何かこんなことがあったら面白いな、という想像で書いてみました^^;
ありがとうございました。
紹鴎という男への応援コメント
拝読致しました。
「面白いから」これが、すべて。
いいですね、この感覚が(^^)
絵と額の関係、額が綺麗だと、絵と競合しちゃうんですよね。
そのバランスの妙。これに響いて入れ込んで弟子につなぐ。
名画・名品を愛好し、名も売れているのに、頓着せずに自身の理解者へ糸をつなぐ、その気風の良さ。
紹鴎さん、とても魅力的な人です。
ありがとうございました。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
紹鴎さん、わび茶にも理解があったと思いますが、自分には「向いてない」として、それをやらなかったのではないかと考えます。
そんな紹鴎と利休のミッシングリンク――糸――を、どう繋げるか、頭をひねった結果でございます。
絵と額、悩ましいところですよね。
額が立派過ぎると、絵が死んでしまいますし^^;
絵と同じくらい立派にしとけと足利義政が表装していたところを、その絵をもらった珠光さんが容赦なく(笑)質素な表装に。
やっぱ珠光さんって凄い人だなと思いました^^;
その凄さを理解できる紹鴎さんも相当な人物で、だから利休さんは「紹鴎さんってすげえ!」と語っていたと伝えられています。
そんな紹鴎と利休が玄裁を挟んで、糸を繋げる……その面白さをお楽しみいただければ幸いです。
ありがとうございました!
紹鴎という男への応援コメント
この時代は乱世ですが、今にまで受け継がれる文化が生まれた時代でもあります。そこにスポットを当てた作品には、毎回読み入ってしまいますし、今回も楽しませていただきました😺ありがとうございます😆
それと『曽呂利新左衛門』の名前が出たときは、『あっ!』となりました💨今秋・公開の北野映画に登場するので。なので、彼だけはビジュアルが浮かんでしまった次第です😅
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
何というか乱世。
されど、その乱世の中でも、うねりのように生まれてくる、そんな文化があったと思います^^;
武野紹鴎はあまりその生涯が知られておらず、でも、珠光と利休の「間」と設定されています。
しかし、その設定も、利休らの死後に設定されたものらしく、実際の紹鴎は名物による茶を好んだようです。
じゃあその設定をうまいことできないかなぁ……と考えてみました^^;
ちなみに曽呂利新左衛門は、拙作「きょうを読む人」で出て来ていて、そこで「紹鴎の弟子」としているため、今回も名前だけ出させてもらいました(笑)
しかし北野映画に登場するのですか……どれどれ、全然、頓智とか使わなさそう(笑)
むしろハードボイルドな忍びって感じですね。
ありがとうございました。
紹鴎という男への応援コメント
いやあ、こういう歴史の隙間を埋めるのは本当に上手ですよね。
茶の湯の黎明期なので、実際には茶道の型が決まっていなかっただけとは思うのですが、こういう橋渡しがあったのかもと思えるお話でした。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
こういうミッシングリンクを想像(妄想?)するのが好きなもので、それが幸いした、という感じです^^;
おっしゃるとおり、「茶の湯」というのがまだ新しく、どんな形になるか、混沌としていた時代だと思います。
そんな中、この時期、紹鴎という目立つ人がいて、利休とはそこまで縁がなかったけど、後世(たぶん江戸)の人が「勝手に師弟にしてしまった」きらいがあります(笑)
で、私としては、そのドリームに乗っかってみた次第(笑)
あとは「繋ぐ糸~」という同題異話のお題のおかげです。
糸というアイテムなら、この紹鴎と利休のことをうまく表現できそうだ、と^^;
ありがとうございました。
編集済
紹鴎という男への応援コメント
ああ。好き。
なんて素敵なお話。
その表装。目に浮かびます。
私のお茶の先生はとても素敵な人でして。
素晴らしいお掛け物を多々お持ちなのですが、書や画だけではなく、表装あってこそのお掛け物だと私は思っていて。
表装で、ガラリと変わる。
そのセンス!
そこに含まれる茶人の感性と思い。
糸を紡ぐ。
最後まで読み進め、ああ、っとなんか胸が熱くなりました。
四谷軒さん素敵です。
帰蝶さんのお話がなかなか伺えず、心にずっと残ってるのですが。
短編で四谷軒さんの世界にお邪魔させてもらえて幸せです!
はぁっとため息。
胸が熱くなるお話。
ありがとうございました!
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
この「表装がシンプルな綺麗な画」をめぐる紹鴎と利休というのは、どうも伝説っぽいところがありますが、せっかくなんで小説にさせていただきました^^;
小説だから、史実でなくても創作と言い張れるし(笑)
それはさておき、やはりお茶の先生って、そういう良いものを持ってらっしゃるんですね。
表装って、画ばかり見てしまうところを、ふっと見ると「おや」と思える、そういう、センスの問われるものだと感じます。
そしてお茶の先生って、やっぱりそういうところを考えているんですね。
凄い!
名物茶の紹鴎と、わび茶の利休。
実はこの二人、師弟ではないという説があるので、でも何か繋がりがあるんだろうなぁと思い、そこを「糸」で表現してみました^^;
やっぱり紹鴎は大らかで、わび茶も面白いよ、と思っていて、そこから利休へと繋がっていったんじゃないかなぁ、と。
その辺を小説的に解釈できないかなぁと思っていたんです。
そしたら、ちょうど同題異話SRという企画で、「繋ぐ糸~」というお題が(笑)
そんなわけで一気に書かせていただきました^^;
お楽しみいただけたようで何よりです♪
こちらこそ、ありがとうございました。
あと、帰蝶さんの話は、めっちゃ長いんで(笑)、お暇な時、お気が向いた時でOKですので、お気になさらず。
ではではノシ
紹鴎という男への応援コメント
「糸を繋ぐ」という表現が美しかったです。
(*^_^*)
作者からの返信
実は最初に「繋ぐ糸の色を教えて」というお題(「同題異話SR」という自主企画で提示されたお題)がありまして……^^;
それに沿って考えたお話が、このお話になります。
提示されたお題をうまく生かせればと思って書きましたので、美しいと言ってもらえて、嬉しかったです^^;
ありがとうございました!