第13話:卒業研究諮問(前)

 ……そして、前回よりさらに時は流れて、山本も時代によっては元服の年齢となり、さらにこの時期老化による免疫力低下で病にかかり、死の淵にあった脇坂を、自身の発明品で救いさらに親密となった頃の話である。山本孝三少年は、たった三年で本来大学(この場合、京都大学ないしは岡山医学専門学校)で取るべき単位までも、さらに言えば卒業研究を含めた単位を全て習得した! ……一応、外国語の単位はほとんどお情けで習得したので正確には、一年で三高課程を全て突破し、京都大学ないしは岡山医学専門学校の専門課程を二年で習得した(とはいえ、なぜか外国語は三年かかった)わけであるが、彼の拙い字の、しかも本来ならばドイツ語で書くべき医学論文を日本語で書かれた山本の研究レポートを見た教授は、本来ならば「専門家に見て貰って、訳しておけ。時間はやる」というべきところを、年齢(何せ、彼はまだティーンエイジャーにすらなっていない10代前半である)を理由に思いそれを特例として許可した。

「……さて、形ばかりとなったが、山本さん。この研究は一体どうするのかね?」

 山本孝三少年が第三高等学校に提出した(一応、在籍関係上は岡山医学専門学校であったが、折田学長の発案で「山本さんのことだし、恐らく世紀の発明品をいとも容易く提出するだろうから三高の卒業諮問を医学部の卒業試験のついでにやってしまおう」ということになった)研究とは、なんとサルファ剤であった。だが、彼はさすがにサルファ剤の調合法を知っていただけであり、さらに言えば耐性菌の発生を恐れるあまり、あまり論文としてはできのよくないものであった。

 だが、その効能は激烈であった。当時、結核はもちろんのことチフスなどの抗生物質さえあれば容易に治療可能な病原菌はまだ大日本帝国をはじめ、世界各地で猖獗を極めていた。大日本帝国に関しては、一応山本の発明品ペニシリンを患者に投与することによって様々な疫病を治癒まで持って行くことに成功しており、次なる撲滅対象は「結核」と「脚気」であると思われた。だが……。

「三高や岡山医専の研究設備を使っている以上、個人で所有はさすがにできないでしょうが、発明者としての記録はできるでしょうか?」

 一方、山本は特許を三高などが所有することについて、諦観の意をしていた。だが、眼前の教授はそれに対して次のように述べた。

「……いや、別に個人で所有しても構わないが……」

「本当ですか!?」

「ただし! ……さすがに、量産設備まで用意するのは難しいだろう。一人、こういった薬品の量産に宛てがある人物がいるならば、その人を紹介する代わりに、個人でこの発明を所有して貰っても構わない」

 ……即ち、三高・岡山医専側の言い分としては、「特許や発明の栄誉などはやるから、生産権限をよこせ」と言っているようなものであった。後々まで続く一高・東大の予算独占によって三高などが陥るであろう予算不足を補うため、という名目ではあったし、確かにこの時期の抗生物質の売り上げ予測を考えれば三高の予算など掃いて捨てるほどの利益が舞い込んだだろうが、山本はそれに対して彼らの及びも付かない人脈をつきつけた。

「……ああ、それならば一人、宛ては御座います」

「……なんだと?」

 ……後に、山本の嫡男、恭一の結婚相手である、伊東製薬の令嬢敏子を、なぜこの生まれても居ない時期に彼が知っているのかは、永遠の謎であった。


「…………」

 眼前の子僧が、予想外の人脈を持っていたことに唸る諮問担当の教授。だが、それを見て取ったのか、あるいはただ単にその発明品が惜しくないということなのか、山本はポケットからある包みを取り出した。その匂いは、日本人がかぎ慣れた、非常にわかりやすい匂いであった。その、正体とは。

「と、いうわけで。その代わり……」

「なんだ」

「こちらの発明品ならば、特許料ごと差し上げます」

 ……山本が提出した「発明品」、それはただの漬物であった。

「……なんだ、これは」

 さすがに、人を莫迦にしているのかと思うも、眼前の「神童麒麟児」の発明品を考え、裏を見始める教授。そして、無論その「発明品」というものには裏が存在した。

「ぬかづけです」

「いや、それは見れば判る。儂もよく食べておる。だが、ぬかづけなど発明品でもなんでもないではないか」

 いかに岡山医専とあわせれば七年は在籍すべき三高の課程を医専諸共に三年で修了し得たとはいえ学校を莫迦にしているのか、と思うも、さすがに眼前の子僧を見据え、邪気らしきものが欠片もないことを見て取り、思い直す教授。……そして、山本は眼前の教授が思いも寄らぬことを口走った。

「……教授、なぜ脚気が起こるのか、そしてそれがなぜ田舎に行けば治るのか、考えたことはございますか?」

「……まさか」

「はい、脚気の本質は細菌などではなく、単なる栄養素の不足でございます」

 ……山本は、たとえ前世の知識があるとはいえど、この明治年間にビタミンの発見を予言した!……後に、」の先駆である。

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