高允5  高識の数々

遼東公りょうとうこう翟黑子てきこくし、おそらく翟魏てきぎの末裔は拓跋燾たくばつとうよりの寵遇を得ていた。しかし皇帝の使者として并州へいしゅうに赴いたとき、布千匹の賄賂を受け取っており、そのことがまもなく発覚。翟黑子はどう事態を収集できるか、を高允こういんに相談する。

「陛下よりの問いで、もっともやってはならぬことは何であろうか」


高允は答える。

「公は帷幄の寵臣。ならば包み隠さず答えられよ。そのうえで変わらぬ陛下への忠誠をお示しになれば、公が懸念される事態にはなるまい」


一方で崔覽さいらん公孫質こうそんしつらはみな、いきなり犯したことの実状を語ってしまうと、どのような裁きが下るともしれない、とそう切り込むのはやめておいたほうがいい、と語った。翟黑子は崔覽らこそが彼を思いやった提言をしていると見なし、高允のもとに戻ると、怒って言う。

「貴公は私を死に追いやりたいとお考えなのだな、何と迂遠な手口よ!」

そして高允との絶交を告げた。なお絕翟黑子ははじめにごまかすような口上を垂れたため拓跋燾より疎まれるようになり、最終的には殺されている。



さて、崔浩さいこうさんが処刑される直接の理由となったアレについての話である。崔浩に徹底的に媚びへつらった閔湛びんたんと、郄標げきひょう。ふたりは崔浩が注を附した『詩経しきょう』『論語ろんご』『書経しょきょう』『易経えききょう』の内容について、わざわざ拓跋燾に上訴している。


いわく

馬融ばゆう鄭玄ていげん王粛おうしゅく賈逵かきが六經に注を附したが、漏れや誤りが多く、崔浩のそれには及ばない。故に崔注を北魏ほくぎ宮廷の祕府ひふに収めた上、広く天下に示し、万民に学ばせるべきである。あわせて崔浩に勅を下し、『礼記らいき』『左傳さでん』についても注を附させ、これらを後生が学ぶべき正義、真実の解釈とすべきである」


ここで崔浩もまた閔湛らの文才はすごいですよ、と拓跋燾に申し入れていた。この頃すでに崔浩の著した国史の内容がバリバリ石に彫り込まれており、崔浩さんの歴史の真実を示すその直筆ぶりが万世に渡って讃えられるべき、とする動きが加速していた。


こうした動きを聞きつけた高允、著作郎ちょさくろう宗欽そうきんに言う。


「閔湛のしでかしたことは、間もなく崔氏に万世に渡る禍いを招こうな。くわばら、くわばら」


なお。




遼東公翟黑子有寵於世祖,奉使并州,受布千匹,事尋發覺。黑子請計於允曰:「主上問我,為首為諱乎?」允曰:「公帷幄寵臣,答詔宜實。又自告忠誠,罪必無慮。」中書侍郎崔覽、公孫質等咸言首實罪不可測,宜諱之。黑子以覽等為親己,而反怒允曰:「如君言,誘我死,何其不直!」遂與允絕。黑子以不實對,竟為世祖所疏,終獲罪戮。

是時,著作令史閔湛、郄標性巧佞,為浩信待。見浩所注詩、論語、尚書、易,遂上疏,言馬、鄭、王、賈雖注述六經,並多疏謬,不如浩之精微。乞收境內諸書,藏之祕府。班浩所注,命天下習業。并求敕浩注禮傳,令後生得觀正義。浩亦表薦湛有著述之才。既而勸浩刊所撰國史于石,用垂不朽,欲以彰浩直筆之跡。允聞之,謂著作郎宗欽曰:「閔湛所營,分寸之間,恐為崔門萬世之禍。吾徒無類矣。」未幾而難作。


(魏書48-5)





はい確定ですゥー!


崔浩さんのだめエピソードを敢えて高允のところに集めてますこれ! これまでは言うて疑惑レベルでしたが、魏収さんさすがに同じネタ二連発はやりすぎです! オメー宗欽の言葉高允伝にねじ込みやがったろ! ご丁寧にも翟黑子まわりで高允の見識がすごかったって示した上で!


いやまあ、「歴史を把握してもらう」上で、わかりやすく説明するのって大切ですよ。間違いなくやらなきゃいけないことです。けどね、「わかりやすい説明には全体主義化へのヘルロードが開かれている」こともあわせて伝えるべきなんですよ。「わかりやすい正義」が産む爆発的なエネルギーは、暴力的なもんがありますからね。どれだけの人がその犠牲になったことか。


なにごとも完璧なもんなんてない。ありとあらゆるシチュエーションで「いいあんばい」を探し求めないとアカンですね。

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