崔浩32 五寅元曆

崔浩さいこうはまた、五寅元曆ごいんがんれきを提出。新たな暦の基準とすべきであるとして、以下の上表を行った。


「先帝陛下、拓跋嗣たくばつし様が即位なされた初年、先帝陛下は臣に急就章きゅうしゅうしょう孝經こうきょう論語ろんご尚書しょうしょ春秋しゅんじゅう禮記らいき周易しゅえきを読み解くようお命じになりましたため、これらを三年掛けて解題を施し終えました。すると先帝陛下は、今度は天文、星曆、易式、九宮について学ぶように、と。こちらもやはり成し遂げ、もはや確認の取れておらぬ書物もございませぬ。とは申せど、あの時から三十九年が経ち、臣は昼夜止むこと無く学究を続けております。

 臣はもとより貧弱なたちであり、力は健康な婦人にも及びませぬ。加えて学究以外にさしたる能もございませぬゆえ、心を尽くし、寝食も忘れ読書に取り組み、はてには夢の中で先人の霊らと討論を繰り返すに至っております。


 こうした日々を送り続けた結果、ついには周公旦しゅうこうたん孔子こうしが真髄である、として示した境地に辿り着き、結果古より残された言葉たちに虚実がまじり、また多いのは妄言のたぐいであり、真正なる言葉は数限られている、と悟ったのでございます。


 しん始皇帝しこうていが書を焼き払ったため、いちど經典は絕滅致しました。このためかん劉邦りゅうほう以来、世の多くの者たちが濫造して参った暦が、実に十家あまり。どれもこれもがまともに天の運用を論じきれておらず、目立つ誤りでも四千は見出され、細かなものに至っては、到底挙げきれたものでもございませぬ。臣は斯様なる惨状を憂えております。


いま、さいわいにも陛下のお導きを賜り、世は太平を謳歌しております。今のうちに誤りを正しておくべきであります。ならば誤った曆を改め、天道のお導きにより従えるようになるべきでありましょう。故に、過日新たな暦を制定すべきと奏じ、そしていま、ようやく完成いたしました。謹んでここに提出いたします。とはいえ、どうか陛下よりのご省察という恩寵を賜りました後、臣の曆術を中書ちゅうしょ博士はくしに広く諮らせ、しかる後にご施行くださいませ。ひとたび示されさえすれば、新たな暦は人間のみならず、天地鬼神に至るまで、その正しさに気付くこととなりましょう。かくて我が国の名の万世に轟きたること、三皇さんこう五帝ごていをも上回るものとなるのです」


ネタバレで申し訳ないのだが、直後に崔浩が処刑されたため五寅元曆はお蔵入りになった、と律暦志は紹介している。




浩又上五寅元曆,表曰:「太宗即位元年,敕臣解急就章、孝經、論語、詩、尚書、春秋、禮記、周易。三年成訖。復詔臣學天文、星曆、易式、九宮,無不盡看。至今三十九年,晝夜無廢。臣禀性弱劣,力不及健婦人,更無餘能,是以專心思書,忘寢與食,至乃夢共鬼爭義。遂得周公、孔子之要術,始知古人有虛有實,妄語者多,真正者少。自秦始皇燒書之後,經典絕滅。漢高祖以來,世人妄造曆術者有十餘家,皆不得天道之正,大誤四千,小誤甚多,不可言盡。臣愍其如此。今遭陛下太平之世,除偽從真,宜改誤曆,以從天道。是以臣前奏造曆,今始成訖。謹以奏呈。唯恩省察,以臣曆術宣示中書博士,然後施用。非但時人,天地鬼神知臣得正,可以益國家萬世之名,過於三皇、五帝矣。」事在律曆志。


(魏書35-32)




いきなり出てくるなぞの書物、急就章は、千字文とかが生まれるまで初学者に文字を学ばせるために用いられた本なのだそうです。この期に及んでこうした手合いの本に初耳があるとは思いもよりませんでしたわよ……?


に、しても。

「俺は正しい、故に暦も正しい」。つおい。


へりくだりのへの字もないのがすごいですね。なんか拓跋燾に対して「もー、ほんとにおまえは俺がいなきゃだめなんだな〜」位の感覚抱いてそう。拓跋燾の中でどんどん憎しみが育ってるのにも気付かずに。前回と言い今回と言い、ポーズでも皇帝を立てようって意識がめっちゃ薄い。もうこうなってくると、拓跋燾にとっては「処分するだけの理由さえあればいい」状態じゃないですか?


というわけで次回、いきなり崔浩さんが死にます。あまりの唐突さに笑え。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る