李先1  道武との問答


李先りせん、字は容仁ようじん中山国ちゅうざんこく盧奴県ろどけんの人だ。本字は孝文帝こうぶんてい拓跋宏たくばつこうの廟諱を犯しているらしい。宏仁、だろうか。幼い頃より学問を好み、人相占いに長けていた。清河せいが張御ちょうぎょに師事し、張御からもその才覚を驚異の目で見られていた。はじめ苻堅ふけんのもとで尚書郎しょうしょろうとなった。後に慕容永ぼようえいがその高名を聞き、謀主ぼうしゅとして迎え入れた。慕容永に長子ちょうしを拠点とすべく勧めたのは李先であった。慕容永が稱制、つまり「燕の正統皇帝の代役」を名乗ることで慕容垂ぼようすいとの手切れを宣言すると、李先は黃門郎こうもんろう祕書監ひしょかんに任じられた。慕容永が滅ぶと、その身柄が中山ちゅうざんに移された。


拓跋珪たくばつけいが中山制圧に乗り出さんと動くと、李先は井陘せいけいに出向き、歸順を申し出た。ここで拓跋珪とは、以下のような問答を交わしている。


「どこの者だ?」

「もとは趙郡ちょうぐん平棘県へいきょくけんにございました」

「中山は土地広くひとが多いと聞くが、信じてもよいのか?」

「臣ははじめ長安ちょうあんに仕え、次いで長子に仕えました。のちに祖先の故郷に戻って参りましたが、来歴を踏まえて彼の地を眺めるに、多く、広いと申せましょう」

「長子には李先なる者がいると聞いている。これは卿のことではないか?」

「小臣にございます」

「卿は朕をいかほど知るか?」

「陛下の聖德は表側にも溢れかえり、四方八方をも覆わんばかり。その龍顏をみごとにお示しになるお方のことを、どうして臣が知らずにおれましょう」

「卿の祖父と卿自身は、いかなる官歴を経ておるか?」

「臣の祖父である李重りじゅうしんにて平陽太守へいようたいしゅ大將軍右司馬だいしょうぐんうしばとなりました。父の李樊りはん石虎せきこがもとで樂安太守がくあんたいしゅ左中郎將さちゅうろうじょうとなっております。臣は苻丕ふひがもとで尚書しょうしょ右主客郎うしゅきゃくろう、慕容永がもとでは祕書監ひしょかん高密侯こうみつこうとなりました」

「卿は既に宿士として名だたる官歴を経ておる。ならば經學にも通じておろう。特に得手とする経典はいずれか?」

「臣が才識は愚闇にて、幼き頃に学んだ経典、史学も、歳衰えるに従い廃れ忘れ去り、今では十のうち六に通ずるのが関の山にございます」

「兵法や地勢学に通暁しておらぬとは申さぬよな?」

「無論学びはいたしましたが、甚だ未熟にて」

「慕容永の時に用兵をしていたのではなかったか?」

「顯任を承らば、参ぜざるを得ませぬゆえ」


後に拓跋珪は李先を拓跋儀たくばつぎ左長史さちょうしに任じた。




李先,字容仁,中山盧奴人也,本字犯高祖廟諱。少好學,善占相之術,師事清河張御,御奇之。仕苻堅,尚書郎。後慕容永聞其名,迎為謀主。先勸永據長子城,永遂稱制,以先為黃門郎、祕書監。垂滅永,徙於中山。

皇始初,先於井陘歸順。太祖問先曰:「卿何國人?」先曰:「臣本趙郡平棘人。」太祖曰:「朕聞中山土廣民殷,信爾以不?」先曰:「臣少官長安,仍事長子,後乃還鄉,觀望民士,實自殷廣。」又問先曰:「朕聞長子中有李先者,卿其是乎?」先曰:「小臣是也。」太祖曰:「卿識朕不?」先曰:「陛下聖德膺符,澤被八表,龍顏挺特,臣安敢不識。」太祖又問曰:「卿祖父及身官悉歷何官?」先對曰:「臣大父重,晉平陽太守、大將軍右司馬。父樊,石虎樂安太守、左中郎將。臣,苻丕尚書右主客郎,慕容永祕書監、高密侯。」太祖曰:「卿既宿士,屢歷名官,經學所通,何典為長?」先對曰:「臣才識愚闇,少習經史,年荒廢忘,十猶通六。」又問:「兵法風角,卿悉通不?」先曰:「亦曾習讀,不能明解。」太祖曰:「慕容永時,卿用兵不?」先曰:「臣時蒙顯任,實參兵事。」太祖後以先為丞相衞王府左長史。


(魏書33-11)





こーわーいー!!!!


なんですかこのやり取り、慕容永のもとで武将としても活躍していた名官吏の名がすでに拓跋珪のもとにも届いてた、って話じゃないですかー! この盛大なすっとぼけっぷり、どうなのよ! ひとつ受け答え間違えれば殺される世界の話でしょこれ!


特に怖いのが「卿既宿士,屢歷名官,經學所通,何典為長?」「臣才識愚闇,少習經史,年荒廢忘,十猶通六。」のところ。「お前はなにが得意なんだ?」に対して「まぁ、六割ほどでしょうか」ってなんやねん! 隠すな! 「あらかたの分野の」って言葉を!


あー怖い、何だこのやり取り。最高。ご褒美です。ありがとうございます。

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