魏書 列伝

魏書巻31 于栗磾

于栗磾1 VS熊

于栗磾うりつてい代人だいじんだ。左右どちら向きの騎射も得意とし、その武藝は人並み外れていた。拓跋珪たくばつけいが王を名乗ると冠軍將軍かんぐんしょうぐんに任じられ、仮新安子かしんあんしに封じられた。


後燕こうえん討伐にあたっては、于栗磾と公孫蘭こうそんらんに步騎二万が預けられ、ひそかに太原たいげんから進発。はるか楚漢戦争そかんせんそう時代の昔、韓信かんしんが魏を攻略するため開鑿した道を経て井陘せいけいに飛び出し、慕容寶ぼようほう中山ちゅうざんで襲撃した。拓跋珪が後続として二人の切り開いた道をたどったとき、その道路の見事な修繕ぶりに大いに喜び、名馬を下賜した。趙魏ちょうぎエリアがひと通り平定されると、拓跋珪は大いに酒宴を開催。ここで于栗磾を「そなたこそ我が黥布げいふにして彭越ほうえつよ!」と讃え、大いに金や布帛を与え、仮公に進爵させた。


拓跋珪が白登山はくとうさんにて狩猟儀礼を行ったとき、熊が数匹の子を引き連れていた。それを見て拓跋珪は于栗磾のほうに向き直り、言う。

「そなたの勇幹は誰もが知る所。とはいえ、あの熊を打ち倒すことはできるかな?」

于栗磾は答える。

「陛下の御代にあり、人士をこそ最も貴ぶべきと思っておりましたが。ここで万が一熊に敗北すれば、いたずらに壮士をひとり損ねることにならぬと、どうして言えましょうか。よろしゅうございましょう、熊共を御前に馳せてくださいませ。さすれば坐しながらにして制してご覧に入れましょう」

そう言うと、たちまちのうちに熊の親子を捕らえた。拓跋珪は于栗磾に謝罪した。


拓跋嗣が立って間もなくのこと、關東かんとうにて羣盜が猛威を振るった。西河せいがでもまた反乱が起きる。于栗磾は命を受け討伐に出、のきなみ鎮圧。すぐさま官位はそのまま、平陽へいように鎮守することとなった。次いで鎮遠將軍ちんえん河內鎮將かだいちんしょうとなり、新城男しんじょうだんに封じられた。于栗磾は新たに帰属してきた民を大いに慰撫し、その武威とともに恩恵もまた広く轟いた。




于栗磾,代人也。能左右馳射,武藝過人。登國中,拜冠軍將軍,假新安子。後與寧朔將軍公孫蘭領步騎二萬,潛自太原從韓信故道開井陘路,襲慕容寶於中山。既而車駕後至,見道路修理,大悅,即賜其名馬。及趙魏平定,太祖置酒高會,謂栗磾曰:「卿即吾之黥彭。」大賜金帛,進假新安公。太祖田於白登山,見熊將數子,顧謂栗磾曰:「卿勇幹如此,寧能搏之乎?」對曰:「天地之性,人為貴。若搏之不勝,豈不虛斃一壯士。自可驅致御前,坐而制之。」尋皆擒獲。太祖顧而謝之。永興中,關東羣盜大起,西河反叛。栗磾受命征伐,所向皆平,即以本號留鎮平陽。轉鎮遠將軍,河內鎮將,賜爵新城男。栗磾撫導新邦,甚有威惠。


(魏書31-13)




んんん?

假新安子→假新安公

で、次の爵位が新城男。これ、假がついてると一段低い爵位になるってことかしら? そうすると拓跋珪→拓跋嗣の時代には木っ端将だった、みたいな感じになりますね。拓跋燾時代、あるいは子孫の活躍によってどんどん存在感を高められた、と見るのがいいのかな。なにせ子孫に魏収ぎしゅう現役時代の名将、于謹うきんがいますものね。正直、そのあたりにおもねったんじゃないかって気すらする。なにせ魏収だし(絶対的信頼)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る