6パシリ 反撃開始のゾルゲさん

 全速力で走る襲歩で街道を進み一旦はその場を逃れる遊撃隊の前方頭上に、虹色の回転したパラソルが浮かぶと白いフォーマルスーツやドレスシャツのあちこちを焦がしたゾルゲが内側からスゥと現れる。


「な⁉ あの炎をくらってピンピンしてるの⁉」


「ええ、魔女のお嬢さん、私のお気に入りのスーツを台無しするくらいで防ぎましたよ。これ高かったんですけどねぇ」


 再び街道に展開した回るいくつもの蛇の目は遊撃隊を取り囲み、進行を妨害する。混乱する馬に振り落とされないよう五人は下馬すると、再度陣形をとり地に降り立つゾルゲと対峙する。



「さぁ、魔王十二将軍の末席、諜報官パラソルマスターがゾルゲ、参るぞ」


 ゾルゲの歪なモノクルがギラリと光り、凶暴と好奇心に満ちたて変容した片目を隠す。


「へっ、諜報官のくせにやけに自己主張が激しいじゃねえか」


 フーリンはボヤキつつ破魔儀礼済の両手剣を引き抜く。二メートル近い巨漢を覆う大盾を構えるアルゴス、五感を集中し精神を研ぎ澄ますロン、再び詠唱を始めるメルモ、コメットの身体能力向上の術式が終わると同時に前衛三人が躍り出る。

 相手の視界を防ぎ体制を崩すシールドバッシュ。アルゴスの突撃は人の倍はある鬼人族さえも弾き飛ばす超重な一撃だが、対する十二将軍末席を汚す者は左腕を背中に回したまま背筋を伸ばした姿勢で右手に持ったパラソルを広げる。


『日傘展開馬車の泥跳ね防壁術【パラソルパーティション】』


 広げたパラソルはたった今くらっている大盾に劣ることなく強靭でその一撃を難なく受け止め微動だにしない。くっ、と攻撃を加えた方のアルゴスが食いしばった息を吐く。ゾルゲの左手には新たな虹色のパラソルがスゥと音もなく出現する。

 動きが止まったアルゴスの背後から吹き抜けた疾風は、人間の身体構造を無視した驚異の技で標的の顔面、肝臓、大腿へほぼ同時に命中する瞬速の奥義、三連脚を繰り出すロンだった。これを左手に広げたパラソルで容易に回避。

 両手が塞がったところを狙い逆サイドから現れたフーリンが身の丈並みの長大な両手剣で兜割りの渾身の斬撃を放つ。兜どころかフルプレートアーマーを着込んだ騎士の股下まで文字通り一刀両断にする必殺剣。

 大概の相手はこのコンビネーションを逃れることはできない必勝パターンだった。フーリンがその必殺の一撃を放つために天に向かって垂直に大剣を振り上げたと同時に、ゾルゲの足が銀縁鎧を貫き鳩尾に食い込んでいた。と、同時に右手に持ったパラソルをズドンと押せば瞬時にその柄は数倍に伸び、鋼よりも重く硬い剛鉄鋼のフルプレートに身を包んだ重装兵アルゴスを吹き飛ばす重い一撃。


『一押跳躍式日傘圧殺術【パラソルインパクト】』

 

 『日傘展開馬車の泥跳ね防壁術【パラソルパーティション】』で蹴りを防がれたロンは、追撃を加えようと足を大地に踏みしめた瞬間、内側からパラソルを突き破って繰り出された左の掌底が下顎を揺らす。速度もさることながらその重さに、今まで血反吐はく修行中でしか起こしたことのない脳震盪を起こし、武芸百般を極めた男はあらぬ方角に視点をやりながらうつ伏せに倒れ、神聖騎士としてその実力並ぶ者なしと謳われたフーリンは大地に蹲り、鬼人王の拳を受け止める唯一無二の人類と言われたアルゴスは大盾を手放して仰向けに倒れる。三人の戦士が地に伏せたタイミングはほぼ同時であった。


 元は純白だった礼装用の焦げ付いて指先に穴が開いている手袋をはめた両手をパンパンと払い、右手を掲げると地に落ちたパラソルが右手に集約され、一本のパラソルに戻る。クルクルと回し、唖然とするコメットと動揺見せまいと額に冷たい汗を流し詠唱を続けるメルモに歪なモノクルを通して視線を送り、内に溜まった気体を一息に吐く。


「ふぅ───ま、こんなもんですかな。この程度ならばお帰りになった方が宜しいですな。十二将軍の末席、つまり一番格下の吾輩にこうも簡単にのされているようじゃ、とてもとても」


 仰々しくやれやれと両手を肩まで上げ首を振るなかコメットが動く。高速詠唱と同時に何かしらの印を結ぶと、大地より突如として出てきたのは腕よりも太い蔦や根。意志のある鞭のようにしなりゾルゲの四肢を絡め取る。

 そして、先程から詠唱を続けるメルモが片手から繰り出すのは燃え盛る帯。その炎の帯がゾルゲに向かい真っ直ぐに飛んでくる。


「ほう、植物を化現させる神術に、そちらの魔女っ娘は別魔術の同時詠唱ですか……やりますね」

 

 飄々とした態度を一分(イチブ)も変えることなく、拘束された腕で指を鳴らす。


『日傘製秘密基地【パラソルバリケード】』


 炎の前に出現するのはゾルゲを包むテントほどある巨大なパラソル。炎の帯は巨竜となってテントに巻き付き中を無慈悲に蒸し焼く。

 その隙に体勢を立て直す前衛三人。アルゴスはさほどのダメージではないが、フーリンとロンは強烈な一撃をもらっているので、神術治癒式をコメットが施す。

 その頃合いをみていたのか再び指を鳴らす音が聞こえると、パラソルも炎も拘束していた植物も霧散消滅していく。ツカツカと不気味な圧を滲み出し歩み寄りながら、左手にもったパラソルの持ち手を引き抜き仕込みの剣を眼前に構える。


『日傘斬将八落【パラソルチャンバラ】』


 呟きながらフーリンに向けて左上段に構えて斬りかかる。コメットに身体能力向上術式を重ねがけしてもらったフーリンはその斬撃を両手剣で受けるがすぐさま飛び退かれ、繰り出される連続刺突。その間に割って入るアルゴス。ゾルゲの背後からロンは後頭部目掛けて旋風脚を出すも、後ろに目でもついているのか左右に揺れて回避。それでも連撃を止めずに先程のお返しとばかりに着地の瞬間、一吋(インチ)の距離から掌底を鳩尾狙って放つも、上空に高々と飛び上がりアルゴスを踏みつけロンの背後へ大跳躍。着地後大地を蹴って一足跳びでロンとの距離を縮め、強烈な中段蹴りを繰り出すがそこをフーリンの斬撃。すぐさま足を引っ込め、フーリンの腕を掴み逆一本背負いの要領で二人に向かって投げ飛ばす。ロンが慌ててそれを受け止め、その二人をアルゴスが受け止めるがそこを目掛けてフーリンの両手剣よりも長大なパラソルが逆手で振るわれる。 

 

『日傘逆手抜剣術【パラソルア○ンストラッシュ】』


 横殴りに吹き飛ぶ三人は藪の中に吹っ飛び消えて行く。そこへ追撃とばかりにパラソルの先端の石突部分を手に持ち、道に転がる石に向かってスイングする。


『日傘で呉竜府【パラソルショット】』


 空気を切り裂き砲弾のように飛んでくる石は、勘で避けた三人の後ろにある大木を貫通する。真っ青になりながら、くんずほぐれつ追撃の石を避ける三人。援護のためにコメットが放つのは強烈な勢いの雹の神術。こちらも分厚い鉄板さえ貫く雹の弾丸が上空よりゾルゲに襲いかかるが、パラソルを開いて突如夕立にあった少年よりも涼しい顔でやり過ごしていた。


「な、なあ、十二将軍ってあんなに強かったか?」


 フーリンは腕をさすり立ち上がりながら受け止めてくれた二人に聞く。

 

「ど、どうだかな? でも少なくとも魔剣野郎でさえこんな一方的じゃなかったぞ俺は」


 上下逆さまにひっくり返ってるフーリンを抱えながら答えたのロンだ。彼は最前線で何度となく魔剣のアシュランと兵刃を交えていた。


「同じくだ。俺は牛鬼の将軍にもぶっ飛ばされたことなんてないぞ」


 二人を吹っ飛びながらも受け止めたアルゴスは訳がわからない表情で答えた。


 本当にあいつ末席なのか? とフーリンの呟きに、パラソルを降って雹を掻き消すゾルゲの歪なモノクルが前衛三人を捉える。

 来るっ! と防御の構えを三人がとろうとした瞬間だった。


 はるか上空に歪みが刻まれたことにゾルゲは気付き、三人に向けて踏み出した足を止め空を仰ぎ見た時にはもう遅かった。


【火龍】


 メルモの決して大きくはない小さな術名を叫ぶ声はは、ゾルゲの耳に確かに聞こえた。


「あの娘───火龍、だと⁉」

 

 空の歪みより生み出された龍は上空に向かって昇龍し天空を一度揺蕩うと、その身をくねらせ大地に佇むゾルゲをその燃え盛る瞳に捉える。絵画に描かれた女神のような美しくしなやかな肢体とは裏腹に、強烈な熱波、暴虐の叫び声、は全てを等しく灰燼にさせ巨大な顎(あぎと)を開き向かってくる。


 いけない、見事なまでの召喚獣にコンマ数秒見惚れてしまった。


 もう着弾する

 

 秒も時間はない


 回避も転移も間に合わない


 火龍はゾルゲを飲み込む。溶解した土砂ごと火竜は飲み込み、その勢いのまま大地に深い穴を穿つ。溶鉱炉を被せたよりもさらに凄まじい熱量と熱波が周囲を襲う。立ち上がる上昇気流と熱風に周りの草木は一瞬にして燃え上がり、神話で聞くような灼熱地獄がいままさに化現していた。


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 被害拡大を防止するために、コメットは大地を冷やす雨を降らす。火龍の余波で、したたか火傷をした三人と馬にも治療魔術を施した。

 大魔術を使ったメルモは急激な魔力の消耗により青い顔をして大地に座り込み、魔力回復薬をチビチビ飲んでいた。


 雨でぬかるみ、泥まみれになった地面でも、お構いなしに座りこむパーティ。戦闘時間自体は短いものだったが、それだけ今まで経験したことない強烈なインパクトを彼らの記憶に残すのだった。


「駄目だ消耗しすぎた。このまま次の街には進めない。一回戻り体勢を整えるぞ。それから十二将軍の一人を倒した報告も」


 フーリンの決断に反対するものはなく、皆一様に頷く。なんとか帰るだけの体力が回復してきた頃合いで立ち上がり馬に乗り込む。最後に火龍が穿った大地の穴を見ておこうと、五人は近付いていく。


 深い底が見えん、とアルゴスが太い声で漏らす。


「アタシのとっておきだったからね。【炎牢】がきかなかった時点でもうこれしかないと思ってた」


「【炎蛇】との同時詠唱も良く出来たね、メルモ凄いよ」


 巫女の労いの言葉に、召喚術を披露し疲れ果てたのか、力無く、しかしやりきったスッキリした表情で笑みを浮かべる。

 

「コメットの拘束があったし、ぶっつけ本番だったけどなんとかできるもんだね」

「あれ、ぶっつけ本番だったの⁉ 凄すぎ、やっぱりメルモ天才かも」

「そんなことないよ。以前、先生が披露してくれてさ……え───うそ」



 深い穴の底から、まだ顔に向ければ熱いくらいの熱波を感じる穴の底から、見覚えのあるパラソルのガラが浮かび上がってきていた。

 その場にいた五人全員が息をのみ唖然とする中、パラソルを持って浮かび上がるその男は穴のフチに立つと歪なモノクルがギラリと光った。


「いやいや、お見事お見事」


 パンパンパン


 乾いた音がまだ熱気がたちこめる周囲に虚しくこだまする。

 男が余裕たっぷりに手を叩き鳴らすが、フォーマルスーツやドレスシャツは焼け焦げ切れっ端が身体に付着しており、煤で黒くなった縞々のサルマタとズタボロの袖なし白肌着一丁という休日のおっさんよりも貧相なスタイルである。


 再び戦闘体勢をとろうとする五人を手で制する。


「止めましょう、正直申し上げて吾輩はもう限界ですよ。貴方がたもそうでしょう? ここはひとつ痛み分けということにしておきませんか? ですが、やはりそのままでは吾輩に勝つのは無理なようですな。どうぞ帰って鍛え直すがよろしい。魔王軍はまだまだこんなものではありませんからな」


 言いたいことだけ言って、ごきげんよう、と一言残してパラソルを振ると、ゾルゲの姿はもういなかった。最初から、何もなく、普通の街道が、そこにはあった。


 「え───穴は……?」


 と、五人全てがその言葉を口にしていた。


 街道に火龍が穿った穴は───消えているのだった。

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