6-3 フォトスタジオ 前田

 ポートフォリオは、僕が今までに撮り溜めた写真の中から、二十点を選んでファイリングした作品集だった。

 赤木店長は、何も言わずにポートフォリオをめくった。ただ、時間だけが過ぎてゆく。外の雨は、本降りになっていた。


「……まだ、上手とはいえないね。でも、光るものがある」

「はぁ」


 喜んでいいのか、反省しなければならないのか、よく分からなかったので、僕は曖昧な返事をしてしまった。


「この位撮れれば、合格だよ。今週の土曜日から、『ツバキの庭』に撮影に行ってもらいたいんだ。大丈夫?」

「勿論、大丈夫です」

「最初は心配かもしれないけど、丁寧に教えるからね。君には当分『須山さん』という人の下で修行してもらうよ」

「はい」

「今、須山さんはアルバムを作っているところだから、顔合わせをしてもらおうかな。……須山さん、ちょっと来てくれる」


 赤木店長は、奥の部屋に向かって声をかけた。僕はどんな人が上司になるのか、少し不安な気持ちになった。

「何でしょうか」


 奥の作業室のような所から、がっしりとした体格の男性が現れた。歳の頃は三十代後半だろうか、肩幅があり筋骨隆々とした男性だった。


「今度、『ツバキの庭』の撮影を手伝ってくれる、宮島カナタ君だよ。須山さんの下で、働いてもらうんだ」

「よろしくお願いします」

「よろしく」


 須山さんはそうとだけ云うと、すぐに奥の部屋へ戻ってしまった。

「ちょっと、行って来ても良いでしょうか」

 僕は須山さんの後を追って、奥の部屋へ行こうと思った。

「どうぞ。今、アルバムを作っているんだよ」

「アルバム?」僕は反復して尋ねた。

「そう、披露宴や教会での写真をまとめて、一冊のアルバムにするんだよ」

「そうなんですね」



 僕は奥の作業部屋に足を踏み入れた。

 沢山の写真があった。それは、余り見たことのない風景だった。

 腰の高さ程のテーブルに、大きなアルバムが二つ開いて置いてあり、須山さんが紙焼きした写真をそのアルバムに貼っていた。写真の大きさは、2L判やKGが多かった。主に新郎新婦の姿を写したものだったが、指輪やブーケの写真もあった。

 

「まずは、アルバムを作るところから、勉強してもらおうか」

 赤木さんが、僕の後ろからそう言い、須山さんはそれに答えた。

「実際に仕上がりがどうなるのかをイメージできるので、アルバムからが良いと思います」


 須山さんは、ポケットの沢山付いたベストを着ていて、その中に何か入れているらしく、ふくらみが気になった。部屋の隅に、乾電池を大量に入れた箱があり、一体こんなに沢山どうするのか、などと、気なることが多々あった。

 僕は全く知らない世界に、足を踏み入れたことを自覚した。

 それが「カメラマンの世界」であることを、後日知ることとなる。


「あとは土曜日に」

 それから、新しい仕事がはじまったのだった。

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