6-2 七月の雨の街

 静かに雨が降っている。

 何もかもが、雨に濡れていた。

 古びた倉庫も、錆びた自転車も、傘をさす人々も。


 七月の街が、今静かに動き出そうとしている。眠りから覚めた町は、ようやく音を取り戻していた。無音からの目覚め。それはどこか能力の覚醒を思わせた。


 「フォトスタジオ 前田」という看板のそばに、僕は傘を置いた。自宅から割に近いので、歩いてきたのだ。隣に位置するピザ屋のチーズの匂いが、鼻についた。



「ご免ください。あの、山田写真館のものです」

 僕は引き戸を開けて、そう挨拶した。


「いらっしゃいませ。あ、宮島さんですか?」

「はい」

「話は、山田社長から聞いています。こちらへどうぞ」

「失礼します」


 カウンターの奥に居た青年−−社員証の赤木という名前がみてとれた−−が、窓の側のテーブルに誘導してくれた。


「はじめまして、赤木裕三です。この店の店長なんだ」

 赤木店長はにこやかに微笑んだ。

「初めまして。僕は宮島カナタと申します。真琴社長に言われて、履歴書を持ってきました」

 僕はそう言うと、青いナップザックの中から、A4の封筒を取り出した。そして赤木店長に手渡す。

「拝見します」

 赤木店長は歳の頃四十代位の、割に若い男性だった。瞳が茶色で、人なつっこい顔立ちをしていた。

「……カメラ歴は、約七年か。フィルムカメラは、使ったことある?」

「あります。山田写真館では、写真プリントのオペレータもしていました」

「そうか、なら大丈夫だね……結婚はしているの?」

「いえ、まだです」


 僕の心に、一瞬三上さんの顔が浮かんだ。

 −−三上さんは、いま何をしているのだろう。

 次いで、くるみの姿も思い起こした。

 −−最近、くるみと会っていないな。


「……ところで、ポートフォリオは持って来た?」

 赤木店長の言葉で、僕は現実に引き戻された。一瞬、気が散ってしまったのだ。


「こちらが、ポートフォリオになります」

 僕はナップザックから、A4のクリアファイルを取り出すと、赤木店長に手渡した。

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