5-4 合同会社説明会にて

 初夏の日、僕は紺色のスーツに黄色のネクタイを締め、合同会社説明会に来ていた。写真で生きていくには、生活費が必要だからだ。

 働いたお金を貯めて、撮影旅行に出掛ける。良い写真を撮り溜めて、いつか自分の写真集を出したい。それが、僕の今の夢になった。そのためにはお金が要る。そのために働くのだ。


 僕は「風間印刷」という会社の前に、一列に並んだ椅子に腰掛けた。写真で生きていくための手段として、印刷屋の営業で働きたい。それが僕の立てたプランだった。


「次の方、どうぞ」

「はい」


 印刷会社のブースの前には、三つ椅子があり、僕の前の就活者が呼ばれ、僕は椅子をひとつ詰めて座った。僕の前の就活者は女性で、髪を後ろで一本に束ねていた。


「……ありがとうございました」

「次の方、どうぞ」

「はい」

 僕は最前列の椅子へと移動した。


「こんにちは。風間印刷の中島と申します。今日は、私たちの会社のブースへ来ていただいて、ありがとうございました」

 白髪で黒縁の眼鏡を掛けた年配の方が、口を開いた。優しいが、しっかりとした口調だった。

「初めまして、向陽大学四年の『宮島カナタ』と申します。営業職を希望しています。趣味は写真で、将来、風景写真で写真集を出すのが夢です」


 僕は思い切ってそう切り出した。本音でぶつからなきゃ駄目だ。僕は人生最大の試練の時に居るのだ。


「写真か、いいね。営業先で時々、写真を撮ってもらう時もあるんだよ」

「そうなんんですね。僕、人物写真なども得意です」


 僕は緊張しながら、そう答えた。

物撮ぶつどりといって、商品などを撮影するときもあるんだよ」

 中島さんの声が、ひとつひとつ緊張の糸を解いていった。写真の話で、少し打ち解けた気分になっていたのだ。

「……いま、空をテーマに、撮っているんです。近い将来、個展を開催したいとも考えております」

「そうか……。印刷物にとって、写真はすごく重要な要素なんだよ。いくら綺麗に印刷できても、写真が悪ければ全て無駄になってしまうことも多いんだよ」

「そうなんですね」


 僕は、深く頷いた。

「良かったら、今度会社見学に来てみないか」

「はい、是非伺わせていただきます」

「このパンフレットに住所と地図が載っているから、ここに来てみて」

「有難うございます」


 そして僕は、風間印刷のパンフレットと、人事部長である中島さんの名刺をもらったのだった。

 最後に会社を訪問する日時を確認し、その日の会社説明会は無事終了した。

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