2-6 ちいさな世界のウソツキ

 僕は学校の授業の合間に三上さんに尋ねた。

「三上さん、ゴールデン・ウィークの予定って、もう決まった?」

 唐突な僕の質問に、三上さんは少し驚いた様子だったが、直ぐに返事をした。


「半分くらいは。連休の後半の予定はまだ決めてないの」

「良かったら、春の海原を見に行かない? 父さんと香子姉さんと一緒に。写真を撮影に行こうと思っているんだ」

「後半で良ければ、良いわよ」

 僕は嬉しさの余り飛び上がりそうだった。

「やったね! 良かった」

「私も最近海に行っていないなぁ、と思ってたのよ」


 山河市は海に面した街である市街地からは少し離れるものの、僕の家からは車で一時間の所にある。フェリー乗り場や、釣りに適したテトラポッドなどがあって、様々な写真が撮れそうだった。




 その日、海は輝いていた。

 GWの後半、5月4日に僕らは海へとドライブした。海は静かで、淡い光に満ち、まるで歌っているようだった。


「私、『ちいさな世界のウソツキ』なの」


 行きの車中で、小説を書く自分のことを三上さんは、そう定義した。ちいさな小説の世界でも、無数のフィクションは必要である。

「私、ウソをつき続けているの。読む人のために」

 三上さんは、そう言ってキレイに笑った。


「残念。カメラはウソをつくことが出来ないんだ。むしろ、正直に写すから、『時代の証言者』と呼ばれたりもするね」

 僕はそう返答した。


「ウソツキの小説家さんと、正直者のカメラマンさんは、ケンカするのかしら」

 僕は考え込んでしまった。写真はウソをつくのだろうか。


 香子姉さんが話に加わった。

「聞いた話では、今はパソコンでのレタッチが写真家に求められているんだって。お化粧みたいに。写真はウソをつくんじゃないかしら」


「写真もウソをつくんだね」と僕。

「カメラはウソをつかないんじゃないかしら」と香子姉さん。


「物語では、幾らウソをついてもいいの。現実とフィクションとは、一緒にしないものよ」

 三上さんはそう云うと、急に真面目な表情になった。

「これから撮る春の海原は、何もウソをつかないでしょう。それを撮るカナタ君も、何もウソをつかないでしょう。けれど、写真がウソをつくのね」三上さんが続ける。

「上手にウソをついてね、カナタ君」




 その日、海は輝いていた。

 僕は初夏を思わせる海で、沢山の写真を撮った。波打ち際やテトラポッド。貝殻や干からびたヒトデ。とめられた漁船。


 あらゆるものは、ウソをつかなかった。

 僕も、カメラもウソをつかなかった。モデルとなった、三上さんも香子姉さんも、ウソをつかなかった。運転してくれた父さんも。


 ただ、写真だけがウソをついた。

 どんなウソかは、パソコンで見るまでは分からなかった。それを知るのは、家でパソコンに向かう時だろうと思われた。


 春の海原は、写真では晴れていた。それだけはウソではなかった。

 そう思いたかった。



「恋カメラ 第2章 ちいさな世界のウソツキ」(結)

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