燃える子ウサギ、それぞれの思い
間話 魔法使いの願い
どうして俺という存在は生まれたんだろう。
気づけばそばには弟であるハロルドがいた。
気づけば俺はこの世でただ一人の光の魔法使いになっていた。弟のリカルドは反対の闇魔法だ。
はるか昔過ぎて記憶が定かじゃないが。きっと俺達はどっかの普通の村で普通に双子として生まれ育てられてきたんじゃないか。
だがある程度成長すると両親は俺達の特殊な力に驚き、恐れをなして俺達をどっかに捨てたんじゃないか。
俺達は、ただ静かに誰とも関わることなく、どこかの山の中で暮らしていた。
さびしくはなかった。俺は他人とは元から距離を置くタイプだし、そばにはハロルドがいたから。
……ハロルド。俺と同じように魔法使いとしての力があり、自信もあるくせに。昔はやたらと俺の後ろをついてくるヤツ。鬱陶しくもあり、それが安心もできた。後ろにいない時は、なんだか落ち着かなくて。
そんなアイツと仲違いをするようになったのは俺が竜と出会ってからだ。
俺にとって初めてできた友人という存在だった。
いつものように山の中を散策していた時、群生するツタに絡まった大きな赤い物体が森の中にいたのだ。
最初は巨大な猪かと思ったが、近づくとそれは そこら辺にはいない異質なものだとわかった。
赤い鱗、大きな翼、するどいツメ。
それは本の中でのみ知り得た存在である竜というもの。
「あぁ! そこのお兄さん! 申し訳ないんだけど、このツタをなんとかしてくれないかなっ! 空を飛んでて落っこちちゃったらツタに絡まっちゃって身動きが取れないんだよ〜」
初めて見る存在に一瞬どうしたものかと思ったが。ツタに絡まって「お腹すいたのに〜」と、メソメソしている竜の様子を見たら、仕方ないなと思って助けてやった。
ツタを切ってやると竜は大きく翼を広げ、グッと身体を伸ばした。
「ありがとう! ホントに助かったよ! ツタなんて燃やしちゃえばよかったんだろうけど。こんなとこで火を吹いたら他の木まで燃えて火事になっちゃったら大変だしね!」
竜は律儀に大きな首でペコペコ頭を下げると、自分をジッと見て「うんうん」と納得していた。
「よかった。一瞬ヒトかもとは思ったけど、やっぱりヒトとは違うみたいだね。君は魔法使いだ。いやね、僕みたいなのが普通のヒトとこんなところで出会っちゃったら色々面倒だと思って。助けてくれたのが君でよかったよ。僕はウィディア、見ての通りの竜だよ」
ウィディアは変わったヤツだった。龍の中では若手らしく、人見知りせず陽気であり、馴れ馴れしかった。
でも嫌じゃなかった。
俺は何度もウィディアの元を訪れたり、反対にウィディアも自分の元を訪れて仲良くなり、竜の住処である青の岩場にも連れて行ってもらった。
そこには他に七体の竜が存在し、お互いに特に干渉もせず、ただ静かに過ごしているという感じだったが、その中でもウィディアだけは特別“にぎやか”だった。
「ヒトの世界にはさ、ヒトが作ったものだけど、すごく甘くておいしい食べ物があるんだよね。僕、ちょっとだけ落っこちていたから、つまみ食いしたらね、すごくおいしかったんだよー。また食べたいなぁ」
「落ちてる物をつまみ食いするんじゃねえよ」
「だって人里でもらえるわけないしー。いや、もらえたら一番いいんだけどねぇ……誰か僕達を怖がらずに近づいてくれないかな。僕達なんて見た目が大きいだけで無害だよ」
ヒトは自分達は見れば怖がる。それがわかっているから、ウィディアは人里には降りない。本当はヒトやヒトの暮らしに興味があって色々知りたいと思っているのだが“竜は世界を支える強大な力を持つ存在”と語られていることから、ヒトは絶対に近寄ってはくれないのだそうだ。
ウィディアはそれをとても残念がっていた。僕達は何もしていないのに、と。
ウィディアはとにかく好奇心旺盛であり、どんなものにも分け隔てなく接する優しさを持っていた。
ある時、彼の片竜である赤い竜が、元からの身体の弱さゆえに死んでしまったことがある。
竜はお互いに対の竜というものが存在し、片方だけでは存在ができない。他の竜達の力を借り、もう一体の新しい赤い竜が生まれ、それはウィディアの片竜となった。
いつしか訪れてみると、ウィディアの足元には小さな子犬サイズぐらいの赤い竜がちょこちょこと歩いていた。
「見て見てリカルド! かっわいいでしょっ! ルディって言うんだよ。まだしゃべれないけど、見てるだけでほんと癒されるー、やだぁ、かわいすぎるー」
ルディと呼ばれる小さな竜のおぼつかない足取りを見て、ウィディアはご機嫌だ。
ルディはちょこちょこ足元を歩いていたが、おぼつかなさゆえに転んだりするとウィディアにすり寄って甘えていた。
「あぁ痛かったんだねルディ、大丈夫だよ〜。ほらリカルドおじさんが傷を治してくれるよ」
「誰がおじさんだ」
「あっ、違うか。年齢的に言うとおじいさんか」
「たわけ」
そんなやり取りをしていたらルディはまたこけていた。竜の皮膚はかなり丈夫だというが、赤ちゃん竜だとまだ鱗は硬くないらしい。
こけたことによってルディの鱗の一部がめくれ上がり、見た目にも痛そうで、ルディはピィピィと声を上げて泣いていた。
「なぁにやってんだか」
リカルドは肩を落としながらルディに近づく。
めくれ上がった鱗の一部に触れると呼吸をするように一瞬にして、その傷を治した。
ルディは「キュウ」と小さく泣くと、リカルドの足にすり寄っていた。
「やぁだぁ、もう、かわいい! っていうか、リカルドおじさんって優しいんだねぇ」
「ウィディア、うるせぇ。あとその話し方がさっきから気持ち悪い」
けれど楽しい。
俺はそんな日々がずっと続けばいいのになんて自分らしくもないことを考えていた。
しかしそれも永遠ではない。終わりはくる。
助けたいと思っていたが、ウィディアが死んだことによって。
ウィディアが死んでからはルディは落ち込んでいた。もう竜の仲間がいないから。竜はたった一人の存在だから。
だから俺はルディにヒトの身体を与えた。姿形はルディがヒトだったらこんな感じかという俺のイメージだったが、ルディは喜んでくれた。自分は一緒には行けないが人里に行って、友達もできたようだった。
『リカルド、いつもありがとう。俺、リカルドが大好きだよ!』
ある時、なんの前触れもなく言われた、ルディからの感謝の言葉。
俺はただウィディアとの約束を守ろうとしてきただけ……ずっとそう思っていたが違うのだと気づかされた。
俺がお前と一緒にいたかったんだ。
「くそっ、忌々しい! やっぱりこの姿じゃあ、魔法がどうにも使えねぇ!」
色んな解呪を試している最中だが、まだネコの姿から元に戻ることができない。
いい加減にしたい。天下の光の魔法使いの自分がこんな情けない姿では。
「ルディにもし、なんかあってもこれじゃ……」
そう思った時だった。
頭から氷水をかけられたみたいに全身がヒヤッとした。思わず身体が震えた。
「……え?」
らしくない声が出て、吐く息が震えてくる。
嫌な予感がした。
ルディに何かあったら。
そう考えた瞬間の嫌な予感……まさか。
「ル、ディ……?」
魔法は使えなくても近くにルディがいるのは感じられる。森の中に入ったから直にここに帰るだろうと思っていた。
でもルディの気が大きく乱れたのを感じる。
ルディが痛みに苦しんでいる。
ルディの気が、血が流れるみたいに、ゆっくりと流れ出している……。
「……ルディッ!」
俺の大事な友達、家族、大事なヒト。
俺はお前と共にいたいんだ。
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