第32話 リカルドの謝罪
『ルディ、やめろ! あいつの言葉を聞くんじゃねぇ!』
すぐそばで聞き慣れた声がしてルディはハッとした。
『確かに、俺がお前の記憶を封じていた。お前にやった赤いバンダナに魔法をかけ、お前が苦しい記憶を思い出さないようにしていたんだよ。ホントは記憶を消してやりたかったが俺には“消すこと”はできねぇ、封じるのがやっとだったんだ』
リカルドの声がする。いつもの自信に満ちた声ではなく、少し申し訳なさそうな声だ。
『それがいいと思っていたんだ。お前が竜としてやってしまったこと。それはお前にはどうしようもねぇことだったから。優しい性格のお前じゃ耐えられねぇと思ったんだ……それがお前を追い詰めてしまっているなら悪いことをした。悪かったルディ。あいつ、ウィディアを助けてやることができなかったのも俺のせいだ……』
初めて聞く、リカルドが謝る言葉。その言葉があまりに衝撃的で自分の心がクッと何かに引き寄せられていくような感覚があった。
身体の奥底で眠っている自分自身が呼び戻されたような……。
『だがな、俺がお前のことをなんとかしてやりたいって思ってるのはホントなんだよ。お前が孤独のあまりに力を暴走させないためには対の存在が必要だ。だからずっと片竜を生み出す方法がないかを調べていたんだ。それがやっとわかって今はその希望に向かっていたんだ』
リカルド……声はする。でも姿が見えない。
どこにいるんだ? いつもそばにいてくれる、俺の光の魔法使い。
『それはくやしいが俺一人の力じゃ、なんともならねぇんだ。だから俺は色々なものを、ヒトを、生き物を利用している。それが正しいことかは知らねぇ。俺は俺の思う、自分のためにしか動かねぇ男だ。だから周りがどう思おうがどうなろうが知ったことじゃねぇ。俺はただお前のためだけに動く、これからも』
……なんで、そこまで。ウィディアとの約束だから?
『……お前は俺の、こんな俺のそばにいてくれる、変わった、唯一のヤツだから。お前の気持ちまでは、俺、何もしてないからな』
リカルドは一体どこにいるのか。ゆっくり首を動かしてみると視界の端に青い何かが見えた。
それは肩にちょこんと乗った青い小さなネコだった。
(リカルド……そうか、さっきラズリの力で)
だんだん落ち着いて考えられるようになってきた。リカルドが己の気持ちを告げてくれたからだろうか、あんなに傲慢だったあいつが。
でも、そう……リカルドはいつだって俺のために動いてくれていた。それがリカルドの望みだからという理由だけなのかもしれない、それでも。
(俺は一人じゃない……いつだってリカルドがいた。そして今は……こんな俺を慕ってくれる小さな友達もいる。俺はみんなが幸せになれる方法を考えたい、ラズリのことも考えたい)
ルディは思った。
ヒトの、いつもの身体に戻りたい、と。
すると全身が脈打った。ドクンドクンと何度か脈打つと、身体がゆっくりと溶けていくような感覚があった。けれど痛みはない、ゆっくりと優しく、自分が空気に溶けていくような、そんな感覚。
周囲の人々がそれを見守る中、ルディはみんなのことを考えていた。
リカルド、いつもありがとう……俺、お前がいたからこうしていられるんだ。俺も一緒に竜をどうにかできる方法を探してみたいよ。
ピア、こんな俺を大好きだなんて言ってくれてありがとう。俺はとんでもないことをしてしまったけれど、全力でリカルドの手伝いをしてお母さんを生き返らせてみせるから。
ニータにディアも、ごめんな……でもお母さんにまた会うためには二人の力も必要なんだ。どうか力を貸してほしい。
ラズリ、俺はアンタの家族を奪っただけでなく、この竜の血によってアンタの身体を変え、長年苦痛を与えてしまったんだな……謝ってラズリが許してくれるとは思えないけど、俺でよければアンタの苦しみを解決するために力を貸したいんだ。
身体が一気に、重だるい感じになった。
それでもしっかりと地に足が着いたような安心感があった。目を開けると自分の目線にラズリがいて、しがみついたままのピアがいて、少し離れた場所にディアとニータが立っていて。
自分の手を見てみると見慣れたヒトの五本指の手に戻っていた。身体も小さくなっている。頭に赤いバンダナは――なかった。
「ルディ……今の声、みんな聞いていたよ。ルディのみんなを思う気持ち、しっかり聞こえてたよ。ね、ラズリさんもね?」
ピアはそう言うとラズリの返事を聞かないうちに走り出し、ルディに飛びついた。
「よかったよぉ、ルディ!」
飛んできた小さな身体をキャッチし、ルディは申し訳なさと照れくさいような気持ちで「ありがとう」とピアの頭をなでる。フワフワのあったかい毛並みを感じ、心底お母さんを返してあげたいと思った。
ピアにならうように、ニータとディアもピョンピョンと跳ねてルディの元へ飛んできた。小柄な三人を抱えても重いとは思わない。こんな自分を慕ってくれる嬉しい重さだった。
「……つまんないのー!」
頭上から、ふてくされたような言葉が降ってくる。見れば口を尖らせたハロルドが笑みを消し、不快なものを見るように目を細めている。
「つまんない、なんだよ。せっかく竜が暴れてくれると思ったのに。こんなつまらない世界なんて消えてしまえばいいんだ……でも大丈夫、ボクは自分で面白くするから。まぁ、リカルドが面白いことにはなっているから、しばらくはそれを見て楽しんでいるよ。じゃあね、ルディ」
そう言うとハロルドの姿は霧散するように消えてしまった。
つまらない世界……そう思うハロルドにも、何かつらいことがあったんじゃないだろうか。今はまだわからないけど、いつかハロルドの話も聞けたら……彼の荒んだ気持ちもなんとかしてあげられるだろうか。
「ルディ」
ふと、ルディは声のした方を向いた。
呼んだのはラズリだった。
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