第19話 そばにいた理由
目を閉じろ。
言われた通りに目を閉じていたら。冷たくて暗くて監獄のような場所にいたのが一転――あたたかい日光でも浴びているかのように全身が心地よいものに包まれた。
『ルディッ!』
リカルドの声がする。
自分にまとわりついていた重たいものが、ドロドロと溶けていくように身体が軽くなっていく。
やっぱり光の魔法使いが助けてくれたんだ。
俺には光の魔法使いがついているから。
目を開けると、はるか遠くにはまだ夜が続いていた。その手前にはリカルドがいて、いつもはきついだけの目つきが、心配そうに自分を見て身体を支えてくれていた。
「大丈夫か」
初めてな気がする、この光の魔法使いが堂々と気づかう言葉をかけてくれるなんて。
大丈夫、と小さく返すと。リカルドは安心したように微笑を浮かべ、自分を地面へと下ろしてくれた。
……なんて優しい笑みなんだ。
「ルディ」
「なんだ?」
「あいつ、始末してやるからな」
微笑を浮かべているのだが。リカルドは笑わない目でそう言い、背を向けた。
さっきの笑みとは違う、今の笑顔には、ものすごい圧を感じた……リカルドは本気だ。
「リ、リカルド、待ってくれ……」
とんでもないことが起きるかも。嫌な予感に声をかけたがリカルドは振り返らず、左手首を一回転させる。
すると彼の手中に現れたのは先端に尖った白い宝石、その周囲を銀色の装飾が施され、持ち手は長い木で作られた杖だった。
リカルドの杖――魔法使いの杖。
初めて見たそれにドキッとした。リカルドがそんな姿を見せるということは、彼が今まで見せたことのない力を使うということだ。
本気でハロルドを始末する気だ、光の魔法は“生み出す、再生の力”であるはずなのに、どうやって。
「ハロルド、てめぇは目障りだ。てめぇにはその身体の中に“死を生み出してやる”からな」
「ふふ、怖いねっ。じゃ、ボクはそのまま闇の魔法でリカルドを“消す”ことにするよ。一度リカルドと本気でやり合ってみたかったんだよねぇ、互いの反発し合う力をぶつけたらどうなってしまうのか、ずっとわからなかったからね」
ハロルドも右手首を一回転させると先端が尖った黒い石の杖が現れた。
「でもリカルドが死んだら竜は今度こそ一人ぼっちだ。誰も守る者のいない竜はどうなるのかな。暴走して、いつかみんなに恨まれて、命を奪われて、そして要を失った世界は滅ぶのかな。皮肉だよねぇ、一体しかいない竜は生きているだけで人々の命を奪うし、でも生きていなければ世界が死んじゃうんだから」
「ハロルド、だまれっ!」
「ねっ、ルディ……?」
ハロルドはにんまりと全てを見透かすような笑みを浮かべ、ルディを見る。
(……やっぱり、そうなんだ)
リカルドがなんでもない自分をずっと気にかけてくれた理由。いつも傷を癒やしてくれた理由、そばにいた理由。
自分はリカルドの“大事な存在”だったんだ。
しかし、それは同時に自分がとんでもないことをしてきたのだと思い知る。記憶のない部分が多いのは、きっと“暴走”してきたからだ。十年前に片竜であるウィディアが死んでしまった時から時々、暴走して多くの命を奪って。
ピアとディアとニータの里も、もしかしたらみんなのお母さんも……。
「みんな……俺が、俺が、やってしまったんだな……リカルド……俺が――」
ルディは地に頭をつけ、拳で地面を殴る。
「な、なんで俺なんかが……なんで、なんでっ」
「ルディッ! あいつの言葉なんか聞くんじゃねぇっ!」
「でもっ、リカルドッ! 俺が“竜”なんだろっ! そんなこと考えもしなかったけど、でもすごい存在であるお前が、なんで俺のそばにいてくれるのかが不思議だった。お前は、俺が竜だから、ウィディアと約束したからっ!」
ごめん、ごめんな、みんな。
俺がいたから、みんなひどい目にあってしまったんだ。ピア達になんて言ったらいいんだ。大事な里もお母さんも。ピア達を手助けするなんて言っておきながら、その事態を引き起こしたのは知らなかったとはいえ、自分だったんじゃないか!
「俺は嫌だよ、こんなの、こん――」
うずくまり、嘆いていたら。突如目の前で爆発音がした。煙と熱風にまみれた爆風にルディは両腕で顔を覆う。
ハロルドが魔法を放ち、それを相殺するようにリカルドも魔法を使ったようだ。それによる爆発だ。顔を上げると杖をかまえた二人がいた。
「あははっ、リカルド、かわいそうじゃない! 竜は悲しんでるよ。生きているのがつらいんだよ。ここは綺麗サッパリ、一瞬にして息の根を止めてあげれば? 竜が死んで世界が滅ぼうが別にみんな死ぬだけだから苦しくもつらくもないよ。生きている竜が一番かわいそうだ!」
「だからって、てめぇにルディは殺させねぇよ、バーカ! 俺はルディも竜も助けるって決めてんだ、邪魔だから、とっとと消えろっ!」
リカルドは杖を振り払い、巨大な光の大蛇を生み出した。
大蛇は牙をむき、ハロルドに飛びかかる。
それを防いだのはハロルドの杖の振りで出現した巨大な黒いコウモリだ。
コウモリはバサバサと大きく羽ばたき、シャッとうなり、口から液体を飛ばす。液体に触れた大蛇は皮膚が溶けたのか、痛みに叫んだ。しかしすぐに態勢を整え、コウモリに巻きついた。
「ルディ、前に言っただろっ! 俺は竜を生み出すつもりだ! そうすりゃお前はもう暴走しねぇっ! 心穏やかに暮らしていける。ただそれにはあの子ウサギ共の力を借りなきゃならねぇ! それまでは我慢しろ、お前が生きなきゃ結局みんな死んじまうんだよっ!」
「リカルドッ……」
それは前に言っていた“虹色たまご”を求める彼の目的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます