第17話 俺がなんとかする

『じゃあ教えてやるよ』ということで。

 リカルドの転移魔法で連れてこられたのは見渡す限りという言葉に見合う、巨大な湖。

 その周囲を取り囲むのは青く発光する岩場という、なんとも神秘的な場所だった。遠くの方もぼんやりと明るい気がするのは向こう岸の岩場が発光しているのだろうか。


 湖面には満月ではない少し欠けた月が反射しており、魚がいないのか湖面は揺れることなく、微風による微かな揺らめきを見せている。


 小さな声で虫が鳴く。リンリンとした小さな虫の声は、この神秘的な光景にとても似合う気がする。静かな聖歌のようだ。

 少し空気が冷たいが息を吸い込むと身体の中が澄み渡り、きれいになっていくような清々しさを感じた。

 青い世界、見ているとどんな荒ぶる心も落ち着いてしまいそうだ。


 リカルドは「よいしょ」と湖の前の岩に座ると湖面を見つめ「昔、ここは竜のいる場所だった」と言った。その声音は今まで聞いたことがないぐらい、優しく穏やかで。

 ルディはリカルドの隣に座りながら胸が高鳴ってしまった。


「ここには八体の竜達が静かに暮らしていた。その頃はとても静かな世の中だったんだぜ。ヒトも獣人も数が少なかったし、争いがなかった」


 それは何百年も前の話なんだろう。リカルドは五百歳を超えているというが本当は何歳なのだろう。


「けれどある時から竜は一体二体とその数を減らしていった……これは前に話したな。その理由はヒトの毒気にやられたからだ。ヒトが世の中に増えて争いが生まれ、憎しみ、恨みという負の力が蔓延し、世界の要であり清浄な存在である竜に悪影響を及ぼした。竜は自我をやられ、眼の前にいた片竜を殺してしまったんだ」


 悲しい事実、竜が減ったのはヒトのせい。

 ルディは唇をかみしめ、リカルドの横顔を見つめる。竜を想うリカルドにとって、その事実はつらかっただろうなと思う。


「俺は最後の竜の片竜の、ウィディアという竜と知り合いだった。あいつが小さな竜だった頃から知っている、俺の弟みたいなもんだったな。ウィディアもだんだんと毒気にやられ、弱っていった。そしてもうすぐ我も忘れるというところで、俺に頼みごとをしてきたんだ」


「……最後の竜を守って、と?」


 リカルドはうなずかなかったが、それは前にも教えてくれたから。

 リカルドが竜に思い入れがある理由は、やはり約束なのだ。


「リカルド、最後の竜がどこにいるかは知っているんだろ? じゃなきゃ守れないもんな」


「……どうだかな」


「フィンは竜を探してほしいと言ってた。リカルド、さっきの様子は見ていたからわかるだろうけど。みんな竜を、それぞれの理由で探してる……きっとそれはよくない理由なんだと俺は思う。だから俺はフィン達に協力したくないし、お前が大事に思う存在なら、きっと竜は悪い存在じゃないんだと思ってる。だから俺も何かあれば手助けしたい」


「そうか、なるほど……そうか」


 リカルドが目を閉じ、頭を下げる。何かを言うのかなと思っていたら。


「――くくくっ、はははっ!」


 突然笑い出した。リンリンと鳴く虫の声に混じる不似合いな高笑いだ。愉快そうに笑う姿は、ちょっと狂気じみてリカルドの悪者感が際立っているようだ――いや悪いヤツじゃないんだけど。


 リカルドは笑った後、はぁ〜と息を吐き「お前は本当にいいヤツだ」と笑いすぎて流れた涙を拭う。


「ホントになぁ……何も知らないくせに。いや知らないから、どんなヤツにも優しくできるんだな……お前はそれでいい。いつまでもそうやって人に優しくしてろ。俺がなんとかするから」


「何を?」


「色々だ」


「色々?」


「そう、色々だ」


 リカルドがそう言うと立ち上がり、何を思ったのか緑色のローブの袖を揺らして左手を前に伸ばした。それはリカルドが魔法を放つ時の仕草だ。


「おい、いつまで見てやがんだ! いい加減に姿を現せ、燃えカスにしてやる!」


 リカルドのドスの効いた声が響く。

 するとどこからか、今さっきのリカルドの高笑いのような、楽しげな笑い声がした。


 ルディは立ち上がろうとした――だが身体のバランスが崩れ、地面に倒れ込む。

 見れば左の足首を泥でできた手のようなモノがつかんでいた。気味が悪く、ルディは「ひっ」と息を飲んだ。


「ルディッ!」


 リカルドの左手から放たれた光の玉が泥の手に当たり、手が砕ける。細かくなった泥は破片を散らばした状態で、なおブルブルと揺れていた。


「な、なんだよこれ! 気持ち悪いっ!」


「ゴーレムだ! 闇の魔法の一つ、人の形をした泥を操る魔法。だがゴーレムに命や自我はなく、ただ目の前にいる生き物を身体に取り込もうとする。こんなゲスな魔法が使えるのはただ一人しかいねぇな――そうだろ、ハロルドッ!」


「あはは、百年ぶりぐらいに会うんだから、もう少し優しい言葉かけてくれてもいいんじゃない? 元気だったかーとか。会いたかったーとか」


 自分達の頭上、夜空にふわりとローブを揺らして現れたのは先程も会ったばかりであるリカルドの弟、闇の魔法使いだ。


「誰がてめぇなんかに会いたいかよ。てめぇなんか、とっととくたばってくれていいんだよ。それができねぇんなら今すぐくたばらせてやるよっ!」


 リカルドは天に向かって左手を伸ばした、すぐにでもハロルドを狙う魔法を放つつもりだったのだ。

 しかし、それはハロルドのゴーレムによって阻まれてしまう。


「リ、リカルドッ!」

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