第14話 まさかの裸の王子様
いやいや、たまたま王子と同姓同名だったということもあり得る。
だってあの時、金髪男に『フィン』と呼ばれた男は地下へと潜り、状況を確認するという使い走りのようなことをしていたじゃないか。
「あれが王子なわけ――」
「王子はしゃべれないらしいぞ、生まれつき」
リカルドに決定的なことを言われ、唖然とするしかなかった。あれは王子様なのですか、なるほどー……でも王子ともあろう人がなぜあんな場所に。
いやそれよりもリカルドに関することだ。
あの時、金髪男に森の魔法使いのことを話した後、金髪男はフィンにその情報を伝えていたようだった。男も森の魔法使いを探していると言っていたし……フィンはリカルドに前々から用があったのだ。
だからこうしてリカルドに伝言を――。
「お前、行け」
「……は?」
「お前、行って来い、ランスに、もう一回」
リカルドはどこからともなく巻かれた“糸”をすぐさま取り出していた。糸を伸ばし、片方を口に加えて何かをつぶやく。
それはリカルドが転移魔法を使う時の仕草だ。
「お、おい、ちょっと待てっ! そんないきなりっ」
逃げようとしたが間に合わなかった。リカルドの手にあった糸は光を発するとやわらかい鞭のようにしなり、ルディの黒髪に優しく触れた。
その時、リカルドが「あ、ヤバ」と言ったのをルディは聞き逃さなかった。
「すまん、ランスのフィンの元に飛ぶようにしたけど、場所が――」
「え、な、えっ――わっ」
ルディの眼の前からリカルドが消える。見慣れたはずの家の中が消える。
いや違う、自分が消えたのだ、リカルドの家から。魔法をかけた主が望む場所へ。
周囲が一瞬にして真っ白になったかと思ったら、次は切り替わるようにパッと別の見慣れない空間が視界に飛び込んできた。
そこは白いモヤのようなものが満ち、湿気に満ちた空間だった。ほのかに香る石鹸の匂いとお湯の匂い。眼の前には灰色の大理石で造られた見事な大きさを誇る“何か”がある。
「こ、ここは」
白いモヤが少し薄れ、目の前にあるものがなんであるのかを知る機会が訪れる。
そこは浴場だった。大理石の物体は足が十分に伸ばせるサイズの箱型のもの、すなわち浴槽だ。浴槽にはお湯が波々と入っており、中に入っている人物が動くと水面がバシャッと揺れた。
ルディの口からは「あ」という言葉しか出なかった。同時に目の前の人物も目が合うと「あ」と口が開いたが声は出なかった。
そこにいたのは栗色の短い髪をしっとりと濡らし、白いマントも衣服もまとわぬ、つい数時間前に出会った人物。
頭の中で(リカルドーっ!)と大声で叫んだ。つい先程の、彼の言葉を思い出しながら。
『すまん、ランスのフィンの元に飛ぶようにしたが場所が……』
それはフィンの元には行くが“本当にフィンのそば”で。フィンがいかなる場所にいてもそこに行ってしまうわけで。リカルド的にはランスの王族達が住まう地下の城に飛ばしたかっただけなのかもしれないが。
自分は王子の入浴中に馳せ参じてしまった!
「あ、あ、あ、すみません! ホント、すみませんっ!」
ルディは慌てて回れ右をして背を向ける。心臓がバクバクして頭の中は真っ白寸前だが、とりあえず何か言わなくては。
「あ、あの! 俺、森の魔法使いのリカルドに言われて来ましたっ。フィン王子の話を聞いてこいと。それで魔法で飛ばしてもらったはいいけど、まさか風呂場だなんて……」
背を向けたまま、ルディは頭を抱えた。今は周囲に誰もいないが王子が騒ぐなり、この浴室から外に出た瞬間には王子の風呂場に侵入した大事件の犯人になるだろう。
全く、なんでこんなことにならなければならないのか。そもそもフィンはリカルドになんの用があったんだ……とりあえずその話でごまかしてみようか。
「あ、あの、それで、俺でよければ、リカルドにちゃんと伝えます。でもあいつ、ヒトが嫌いだから、おいそれとは協力は難しいかもしれません。だからとりあえず話を聞くだけ、なんですけどっ」
ルディは湯気の匂いを感じながら、フィンが何かを言ってくるのを待った。
だがすぐに気づいた。
フィンは話せないのだ。
すると背後で水が動く音が聞こえた。水から何かが上がり、ピタピタと水気を含んだ足音がする。それはすぐ背後まで迫り、ピタリと止まった。
(な、なんだ……⁉)
身動きができないでいると、ルディの身体の左右から白い腕がスッと伸びてきた。後ろから抱きしめるように胸に手が回され、胸の前で指が組まれる。
そして背中に、背丈の低いフィンの頭がくっついてきたのがわかった。
(――はいっ⁉)
予期せぬ事態、声が出ない。フィンは一体、何をしているのか。しゃべれないから行動で表現したにしても王子がくっついてくるなんて……しかも裸だっ! そこが問題だっ! 同性でも戸惑うぞ!
どうしたらいいのかわからず湯気の中で視線が右往左往してしまう。フィンは何かを伝えたいのかもしれない。だがフィンは話せないのだから、これではラチが明かない。
ルディはやっとの思いで打開策を口にした。
「フィン、王子……とりあえず、 服、着ませんか?」
「……」
「あ、あの、これじゃ、話できないから。服着て、別の場所で……」
ルディの提案に、背中ごしでもわかるようにこくんとうなずいたフィンは謎の抱擁を解き、ルディの腕を引っ張りながら脱衣場へ移動した。
何がどうなってるのかわからないままだが、とりあえずフィンの裸は見ないように視線はどっか遠くへやっておいた。
そんなこんなで、いつの間にか白いブラウスと黒いズボンを身につけたフィンに連れられて脱衣場を出ると、そこは地下通路だった。
ここはランスの地下にある王家の城だ。地下というから暗いイメージがあったが、壁に等間隔に淡いオレンジの光を放つランプが置かれ、空間は意外と明るかった。
穴を掘ったようなアーチ状の壁は溶かした石膏のようなもので固められているのか頑丈そうな造りになっている。地下だが室温もちょうど良く、過ごすには申し分ない。
そんな通路をフィンと歩き、誰かに会うかとヒヤヒヤしたが、通路には自分達以外誰もいなかった。静かな通路を堂々と歩き、少ししたら目的の部屋に着いたらしく、簡素な木のドアを開けて中に招かれた。
そこはフィンの部屋らしい。室内は整然としているというか殺風景というか。テーブルとイスとベッドだけが置かれ、室内を照らすランプがポツンとテーブルの上に置かれている、なんともさびしいような空間だった。
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