第9話 地下水路の先に

 ピアが指差した――か、どうかは魔法で姿が見えなくなっているのでわからないが。声で示したディアのいる方角には、とある変化が起きていた。


(あれは……)


 ディアに声をかけている者がいる。後ろ姿だけだが、わりと背が高い人物で頭を隠したフードからつながる緑色のマントを風に揺らしている。

 ディアはその人物を見上げ、何かをしゃべっている。そして手短に話し終えると、その人物と共にどこかへ動き出した。


「あれ、さっきの――」


 ディアと一緒の人物が振り返り、それが誰なのか、すぐにわかった。ココ屋の店主サリが『カッコイイ』と騒いでいた左目だけが長い前髪で隠されている、さっきすれ違った人物だ。


(まさかあいつがニータを?)


 ドクンと心臓が跳ねる。誘拐したのはあいつなのか。

 いや、いくらカッコイイと言われていても素性が知れない冒険者。もしかしたら各地で悪事を働く要注意人物かもしれない。


「行こう、ルディ」


 ピアが小さい声でつぶやく。

 ルディも口を引き結び、二人の後を追うことにした。


 二人はどんどん建物に挟まれた暗がりへと進んでいく。人の気配はもちろんなく、風が建物間を流れる音だけが耳に届く。あまりに静かで小声で話してもバレそうだから自分もピアも無言で歩き続けた。


 しばらく歩くと小さな建物の前に立ち、冒険者が古びた木の扉を開けた。

 二人が中に入ったの確認し、自分達もそぉっとそこへ近づく。


 そこは倉庫のような小さな空間だが中には何も置かれていなかった。扉を通ってすぐ真下には穴があり、地下へ行くための縄梯子が設けられている。

 下からは水の音がする、下水道だろうか。明かりがないから何も見えないが、泥が混じったような濃い水の匂いがした。


「ピア、下に降りられるか?」


「大丈夫だよ、下に降りたら様子を見て明かりを点ける魔法を使うからね」


 ルディが先に縄梯子を下りていく。揺れる縄梯子をつかんでいると途中で切れないか不安になったが、さっきの人物も降りたのだから大丈夫だろう。


 穴の深さは五メートルぐらいか。一番下に降り立つと筒の中のような空間になり、下は固い足場が四方に伸び、すぐ横は水路で水が流れている。

 上からの明かりでこの周りだけは見えるが奥の様子は何も見えない。水音は遠くまで続いているようだが、どれくらい奥深いのだろう。


「ルディ、僕、隣に立つからはじき飛ばさないでね」


 姿を消す魔法のせいで互いの位置がわからないが「よいしょ」と、ピアも近くに降り立ったようだ。ぶつかったら大変なので、その場で棒立ちでいた。


「えいっ」


 ピアが声を発し、暗闇だった空間にビー玉のような小さな光の玉が現れた。小さくても十分すぎるほどの光は辺りを照らし、水路が結構奥まで続くのを教えてくれた。


「光があるのはいいことばかりじゃないよ、相手からも見えちゃうからね。でも向こうだって何かしら明かりを持ってるはずだから、これくらいは大丈夫でしょ。でもどこに行ったかわからないね」


 細い通路は所々が十字路になり、二人がどこを曲がって行ったのか見当もつかない。


「ん? いやちょっと待ってね……うん、大丈夫だ、こっちだよ。ディアの気をこっちから感じる、行ってみよう」


 さすが魔法使い。近くにいれば相手の気でいる位置がわかるのだ。

 フワフワと宙を舞い、進み出す光の玉を目印にゆっくりと進んでいく。少し歩いては右の角を曲がり、また少し歩いては左の角を曲がり……それを何回も繰り返す。たまにピアが「まだかな」と不安をつぶやく。確かにこれでは帰りはどうしたらいいのか不安だが今は考えないことにした。なんとかなるさ。


「ん……待って、ディアだけじゃない。ニータの気配もあるっ」


「本当か、じゃあこの奥なんだな」


 ニータは無傷でいるか……いや大丈夫、きっと無事だ。

 ルディは自分の腰にある剣を確認する。この先、何があってもいいように「必ず助ける」と肝に銘じ、水路を進んで行く。


 またしばらく歩くとピアの光の玉が止まった。そこには閉じられている重厚そうな錆びた鉄の扉があった。


「この中から二人の気配を感じる。あと何か嫌な気配がする」


 嫌な気配、それがさっきの冒険者なのだろうか。わからないけど二人を助けなければ。


(大丈夫、少しは鍛えてるんだ。少しぐらいは無茶をしても大丈夫だよな、多分……ケガはリカルドが治してくれるから)


 ルディは何が起きても剣を構えられるように柄を握り、ピアは得意の火の魔法が放てるよう両手にニギニギと力を入れた。


「行くぞっ!」


 言葉と同時に鉄の扉に手をかけ、押し開く。

 その途端、予想もしない事態が起きた。

 鉄の扉はものすごい力によって“扉全部”がガタンと外れ、どこかへ吹き飛ばされてしまったのだ。


「な、えっ⁉ なんだこれっ!」


 何が起こっているのかわからなかった。

 扉を開けた先は竜巻の中にでも飛び込んだような強風が室内に渦巻いていた。

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