午後一時開演予定
多聞
客席
劇場内が暗くなり、話し声が聞こえなくなった。いよいよ始まる、という期待が辺りに充満している。役者はどこから出てくるのだろう。上手か、下手か。客席からという可能性もある。いずれにせよ油断はできない。とりあえず体の力を抜こうと、私は背もたれに身を預けた。
それにしても始まらない。暗闇に慣れてしまった目で腕時計を確認する。午後一時十七分。定刻を十分以上過ぎても始まらないというのは珍しい。何かあったのかスタッフに確認しようにも、この静まり返った空間で声を上げることはできそうになかった。
無人の舞台は他人の気配を浮かび上がらせる。衣擦れ、咳払い、深い呼吸音。もしかしたら既に始まっているのではないだろうか。約二時間、この独特な緊張感を味わってもらおうという試みなのでは。だとすれば、私は今とんでもない作品に立ち会っていることになる。
膨らみすぎた期待は人をおかしくさせる。あらぬ方向に飛んだ思考を軌道修正しようと、私は一つ息をついた。目の前に存在するのは無機質な空間だけ。黒い壁に床、それにパイプ椅子。舞台袖の光が漏れているのか、下手側の壁に影が揺らいでいる。
何かが始まりそうな気配は確かにあった。あと三分。それだけ待って始まらなければ声を上げよう。なんなら舞台に上がって主張してもいい。変な覚悟を決めながら、私は揺らぐ影に目を凝らした。足音はまだ聞こえない。
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