女王蜂

矢古宇朔也

第1話 始動

「……の女王に婿入りせよと仰せにございますか?」

「何度も言わせるな。それが同盟の条件だ」

「餌の間違いでは?」

「若く、精力のある雄を一匹ほしいとのことだ。軍人のお前なら好都合だろう? 先方もお前を指名している」


(やはり餌の間違いだろう……)


 ラディリアスは玉座の兄に翡翠の色の目を向けた。同じ色がこちらを見下ろしている。

 自分がおとぎばなしの王女のように政略結婚の手駒にされる日が来ようとは、夢にも思わなかった。


***


 かつて、地球を見限った人間がたどり着いた銀河の辺境の惑星。

 それが彼らの星であった。


 それなりに平穏な国であった。君主を頂点とし、人々は階級が決まっていた。

 その頂きにあるのが国王であるヘンリー、次いで弟のラディリアス。

 ラディリアスは幼少の頃より兄を立てることに心を砕いてきた。王位を狙っていると思われるわけにはゆかぬ。

 先王である父親もラディリアスをスペアとして扱ってきたからだ。彼は己の立場を理解していた。

 幼い頃から政治や経済と関係のない生物や物理、工学を学び、その知識が長じて軍事や兵器開発に手を出し、しまいに若くして艦長と呼ばれるほどに上り詰めてしまった。

 不本意だったが、国民のために身を粉にすることに生きがいを感じていた。


 突如爬虫類のような見た目の異星人が攻め込んできたのは、大規模演習の折であった。

 圧倒的な戦力差で、彼の戦艦は瞬く間に轟沈。

 彼は沈みゆく船の中にギリギリまでとどまった。


「殿下! 我らは構わず!」

「私は腐っても艦長だ! 君たちを送り出すまでは脱出しない。これは命令だ!」

 

 生きている部下を脱出艇に押し込んだのち、ラディリアスは脱出用の小型化カプセルに飛び込んだ。



 ラディリアスはうっすらと目を開けた。

 眩しすぎて思わず呻く。ここはどこだ?

 一瞬遅れて自分の寝室だと気づく。


「殿下! 殿下がお目覚めだ、誰か医者を!」


 わめき散らす家令の声が鼓膜に突き刺さる。

 起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。まさか、あの状態から生き残るとは。

 結局起き上がることができるまでに、ゆうに三日を費やした。


「何があった?」


 寝巻きの形で、ベッドの上で上体だけ起こしたありさま。威厳も何もない有様で問いかける。


「殿下は脱出ポットで漂流しているところを発見されました。ヴェスピリアの星間移民船です」


 子供の頃からそばにいてくれる壮年も後半の家令は、珍しくどこか深刻そうに顔を歪めた。

 聞いたことがあった。彼らは星から星へと渡る民族だ。母星はない。

 ラディリアスは彼らがとてつもない科学技術を有していることくらいしか知らなかった。

 そうか、ヴェスピリアに拾われたのか、とため息を一つ。


「奴らは資源を要求してきたか?」

「はい。いくつか資源を要求してきました。そしてなんと、戦に手を貸すと。条約は無事締結されたようです。陛下と宰相閣下はとてもお喜びで……」

「私はまた蚊帳の外か。いい、こうなるように仕向けてきたし私は王位に興味はないからな」


 今回は寝込んでいたし、なおさらだ。彼は自分自身に言い聞かせた。


「殿下、一つ訂正をよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「かの船団は……」


 家令は閉めたままであった寝室のカーテンを開け放つ。

 ラディリアスは目を見張った。


「なんということだ……」


 空に、巨大な戦艦が停泊している。どうやって浮いているのだろう。


「重力制御装置を使用しているとのこと、と伺いましてございます。は我らの技術を遥かに凌ぎます。味方にしておくに、損はないかと」


 言外に、逆らったら何がわからないと彼は言いたいようであった。正直ゾクゾクした。

 これほど興奮するのは生まれて初めてかもしれない。


「礼を述べに行かねばならんな」


 脱出艇に乗せた部下のほとんどが彼女らのおかげで無事であったと報告を受けた。

 ラディリアスは心躍らせた。名前も顔も知らぬ彼女らに会いたくてたまらなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る