なりすまし

連喜

第1話

 最近はソーシャルメディアをやってない人の方が珍しいだろう。

 Twitter、Instagram、TikTok、YouTube、LINE、Facebook。コンテンツが無限にあるのに、人間の時間は限られている。無料サービスの代わりに差し出しているのは俺たちの時間。こういうサービスは、ユーザーの人生を消費して大きくなっているわけだ。そのうちどれもが廃れて、十年後にはどれも残らないだろう。俺たちはイナゴの大群に飲まれたみたいに、その次の流行りに乗っかってどこかに移動して行くだけだ。


 俺の場合、TikTok以外は全部アカウントを持っている。一番利用しているのがYouTube、次にLine。たまにTwitterとインスタを見る。Twitterは地震などの災害時のライフラインの確認にも役立つし、海外ニュースがどこよりも早い。インスタは好きな芸能人の写真を見るのに使っている。


 俺は都内在住の五十代の独身サラリーマン。はっきり言ってSNSなんかやっている場合じゃないのだが、最近はテレビをつける代わりに、習慣のようにYouTubeを見ている。スマホ画面の向こうにはお気に入りの女の子がいるのだが、動画を視聴して、Goodボタンを押すだけで手軽に応援できるのがいい。金を1円も払わないでファン面できる。


 オフィスの昼の時間だった。同じ部署の若手社員とたまたま廊下で一緒になって、エレベーターまで一緒に移動することになった。

「外行くの?」俺は尋ねた。

「あ、はい」

 あちらも一人だったみたいだから、「一緒に行く?」と俺は声を掛けてみた。昼食にまで付き合わせるなんて、最近じゃパワハラに当たるかもしれないが、割と気さくなタイプの男だから大丈夫だろう。せっかくだから、店はちょっといいところにした。


 その人、A君は山形出身で、関東の国立大学を卒業してうちの会社に入社した。学生時代からずっと野球をやっていて、体育会だから爽やかで人当たりがいい。一緒に飯を食っていて相手の一人暮らしの話などを聞いていると、自分の若い頃を思い出す。考えてみると俺たちは親子でもおかしくない。それに気付いて、俺はずいぶん長い時間を無駄にしてしまい、しかも、決してやり直せないと愕然とする。もし、俺が二十代の若い女の子と付き合いたいとしたら、こういう若者と同じ土俵で戦わなくてはいけないわけだ。金を貢がない限りは勝ち目はない。


 しばらくしてからA君が言い出した。

「部長ってインスタやってるんですよね」

「ああ、一応アカウントはあるけど。多分二年くらい前に写真を一回載せただけで…あとは、好きな芸能人の写真を見るためにたまにログインするだけだよ」

 人に言ったことはないと思うから、ちょっと驚いたけど、聞かれたからそのまま答えてしまった。

「え、そうなんですか?」

 俺が追いかけている芸能人は、ちょっと人には言えない感じのジャンルの人ばかりだった。誰にも言っていないのに何でばれたんだろうか。

「うん。好きな芸能人の写真とか見たいしね」

「え、誰のファンですか?」A君は食いついて来た。多分、後で職場で言いふらされるだけだろう。誰と言ったらいいんだろうか。二十代だとキモイと言われるから、ガッキーや北川景子あたりが妥当だろうか。


「いやぁ…それはちょっと」

 好きなAV女優の名前なら何人でも出てくるのだが、さすがに言えなかった。

「最近はブログよりインスタメインの人が多いよね。ブログを見てもインスタ更新しましたってリンクが張ってあるだけで」

「ああ、ブログはあんまないっすね。多いのはインスタかTwitterですかね」

「今の若い人って、Line交換しないんだって本当?」

「ええ、まあ」

 相手は気まずそうにしていた。さっきまでよく喋っていたのに、急に黙ってしまった。お気に入りの芸能人を白状しなかったのがいけないんだろうか。

「昔はLine聞いてたけど、今は何聞いていいかわかんなくてね」

「そうですよね。最近だとLineは本当に仲いい人だけで、インスタは仲良くもないけど連絡先交換してもいいかな、っていう人に教える感じですよ」

「そうなんだ。俺、インスタを変なアカウント名にしちゃってさ。あれって変更できるのかな」

 相手があまり乗って来ないので、ますます不安になってきた。会社に戻ってから「部長がキモくてさ…」と陰口を言われるかもしれない。


「あ、できますよ。僕も変更したことあるんで」

 俺は話題作りのためにスマホを取り出してアカウントを見せた。ちょうど、お気に入りのAV女優の投稿が流れて来ていた。一瞬気まずかったが、もっと変なのを見られるよりはましだろう。

「え、部長のってこれですか?」

 俺のアイコン写真は、数年前に旅行に行った時に撮った鹿のアップの写真だった。

「うん。こういうところに年齢出ちゃうよね。本当は写真も変えたいんだよね。二十代っぽく見せるにはどうしたらいいかな」

「そうですね…」

 俺が一回だけ投稿したのも、奈良に行った時に食べた食事の写真だった。一人で行ったのが明らかにわかるから恥ずかしかった。多分、その写真を見た人は世界に数人しかいないだろう。

「あ、ごめん。貴重な昼の時間に」

「全然…でも、裏垢でやってるならアレですけど…これって部長じゃないですか?」

 A君が俺にスマホ画面を見せて来た。そこには、見慣れた俺のデスクが写っていた。パソコンの周りに、ちょっと変色したヴィトンのマグカップとボロボロのマウスパッド、虫メガネが置いてある。


『ちょっと汚いですけど、デスク周りを公開しちゃいます』


「はぁ?何これ!?」

「この白いカップ…部長のデスクですよね?」

「こんな汚い机、ネットにさらすわけないよ!」

 俺は頭がおかしくなりそうだった。

「これ、自分で出したんじゃないんですか?」

「違うよ!」

「じゃあ、誰かの悪戯ですかね?」

「えー。これネットに出てんの?勝手に人の机をネットにさらすなんて…ここに写ってる文房具って俺のだし…気持ちわりーな、誰だろう」

 俺はいきなり背後から延髄切りを食らったようなショックを受けていた。

 

 文房具マニアでもないから、貧乏臭いけどノベルティでもらった企業のボールペンなんかを使っていた。さらに、最近は老眼が進んでいるのだが、眼鏡をかけていないので、細かい数字を見る時だけ使う虫眼鏡を机の上に出しっぱなしにしていた。俺は目はいいのに…余計にじじいに見えてしまう。


 もともと真っ白だったマグカップは茶渋がついて汚いし、特に虫眼鏡は人に見られたくなかった。悪意を感じる投稿だった。A君からその人のアカウントを聞き出して、一先ずフォローすることにした。俺はプロフィールを公開していないし、あっちが俺のアカウントを見たところで誰だか検討もつかないだろう。


「俺がインスタやってるって、みんな知ってるの?」

「はい」

「でも、これ俺のアカウントこれじゃないし。これから、誰がやったか調べてみるから、しばらく黙っててくれない?」

「はい。僕も調べてみます…」A君は楽しそうだった。他人事なら俺もそう思うだろう。

「何の目的でやってんだろうな…」俺が誰かに嫌われていることは間違いなかった。私生活を人に見られるのは恥ずかしいものなのに、まさかそれがネットにさらされていると思うと恥ずかしくて仕方がなかった。


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