いつか書いた700文字短編の集合体

くが

1

 寝転んだ俺と近いまま、女はベッドの端に腰かけた。豊満な胸を隠しているのがバスタオル一枚というのが情欲を掻き立てた。

 気持ちを隠そうともせず、俺は女が体に巻いたバスタオルを引っ張った。留め方が緩かったらしく、指先で引いただけの布はすぐに女の肌を晒す。

「もう、せっかちだね」

 そうかな、と首を傾げてみせた。それが惚けていると思ったのか、俺に被さってキスを一つ。

「あの子の結婚式、忘れたいんだ」

「……別に」

 昼間を思い出してしまい、忌々しげに呟いた。

 だが女はそれすらも行為の調味料にしたいようで、俺の胸を撫でながら囁く。

「あの子も今頃旦那さんとシてるだろうね」

「っ、」

「あの子はどんな声で啼くのかな。どんな風に逝くのかな」

「うるさい、っ」

 身を捩って苛む言葉から逃れようとする俺を女は逃しはしないらしく、俺の腰に跨がって手首を押さえつけた。

「未練がましいね。もうあの子は君の恋人じゃないのに」

 睨む。あの子がもう俺の知っているあの子でないことなど知っている。

 だが、鮮やかな彼女との過去を、彼女が告げた言葉を、もう少しの彼女の愛情を、どこかで本能的に探してしまう。

 奥歯を噛んだ。その俺を嗤うように女は俺の口腔を犯した。歯列をなぞり、唾液を流し込んでねぶる。

 腹立たしくて、

 鬱陶しくて、

 悔しくて、

 無様で、

 どうしようもなくて。

 唇の端に歯を立ててやった。それが女の唇を切ったようで、軽く鉄の味がする。

 女も自身の唇を指で拭って、血を認めると眼前でいやらしく嗤った。

「そんなにあの子を探すなら、私が上書きしてあげる」

 嗚呼、

「そんな本能なんて、私が壊してあげる」

 忘れたいな。

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