第120話 グラシアン

 体格差のあるジゼルとグラシアンだが、剣の分、辛うじて攻撃の間合いはジゼルの方が長い。先手を取ったのはジゼルだった。


「ちぇやあああ!」


 視線の先、奇声と共にジゼルの剣が振り下ろされる。ジゼルはここぞというタイミングの攻撃の際、奇声を上げることが多い。おそらく彼女なりに一番気合の入る声なのだろう。事実、ジゼルからは裂帛の気迫が伝わってくる。紛れもないジゼル渾身の一撃だ。


 ジゼルの一撃に対し、グラシアンは一歩踏み込んでみせた。この勝負、元よりグラシアンに退路は無い。意地でもジゼルを潰すつもりだ。


 ジゼルとグラシアンの一騎打ちは、とてもシンプルな構図となった。先手を取ったジゼルがグラシアンを倒しきれば彼女の勝利。逆に、倒しきれなければグラシアンの勝利だ。


 グラシアンが、右の拳を振りかぶると同時に、左肩を前に突き出すようにして半身の形を取る。左腕で胴体を守る構えだ。


 グラシアンの左肩からは血が噴き出し、左腕はだらんと垂れ下がっている。おそらく、エレオノールの左肩への一撃で左腕が使い物にならなくなったのだろう。


 動かない左腕を即座に捨てて防御に回す。グラシアンの判断力が光る。


 一方、ジゼルは追い詰められた。剣を大上段に構えたことで攻撃力は増したが、剣の軌道は限られる。グラシアンが胴を半身に構え、左腕を防御に回したせいで、ほとんどの急所が隠されてしまった。残された道は、グラシアンの頭を割る他無い。


 しかし、そのことはグラシアンも熟知しているはずだ。頭を狙いにくると分かっていれば、回避は容易い。


 ジゼルが生き残る道は、グラシアンも反応できないほどの速さで剣を振ることだ。


 ふむ。ジゼルの覚悟はよし。だが、グラシアンの方が一枚上手だったか。


 ジゼルとグラシアンの一騎打ちは、グラシアンが優勢だ。


 もし、一騎打ちであれば、だが。


「ふんーっ!」


 突然、グラシアンの態勢が崩れる。せっかく胴を半身にして左腕で防御を固めたというのに、今では斬ってくださいとばかりにジゼルに向けて胸を張った状態だ。


 いったい何が起こったのか。


 その原因は、グラシアンの半分もない一際小さな人影によって起こされた。グラシアンと同じく、白地に青のラインが入ったぶかぶかの修道服。リディだ。リディの持つさすまた。グラシアンの腰に突き刺さったさすまたが、グラシアンの目論見を潰してみせた。


 腰は、全ての動きの基点だ。その腰をリディのさすまたが動かした。


 リディの持つさすまたは、敵対者を確保するための物ではない。敵対者の拘束し、命を奪うための物だ。便宜上さすまたと呼んではいるが、その実態は二股に分かれた鋭い刃を持つ槍である。


 グラシアンは、ただ腰を押されたのではなく、さすまたによって腰を深く斬り裂かれたのだ。本人の意思に反して、反射で腰が動いてしまうほどに。


 そして、リディの働きによって、グラシアンは無防備な姿でジゼルの前に投げ出された。


 結果は、火を見るよりも明らかだ。


「ちぇすとっ!」

「ッごぐはぁッ!?」


 グラシアンの右肩から左わき腹を斜めにジゼルの剣が走る。グラシアンの体は大袈裟なまでに仰け反り、大きな傷口からは、まるでアーチを描くように血飛沫が上がった。


 あの傷では助かることはないだろう。少なくとも動くことはできないはずだ。


 エレオノール、リディ、そしてジゼル。三体一ではあったが、格上の冒険者であるグラシアンの討伐に成功した。これは紛れもなく誇るべき戦功である。


 オレは、グラシアンに勝利した三人の元へ急いだ。


「おう、お前ら! よくやったな! お前らはオレの誇りだ!」

「アベるん! だよねー。あーしも自分でよくやったなーって!」

「それでも、わたくしたち三人で相手してやっとでした。一対一ではとても……」

「あーしらはここで終わりじゃないし! もっと強くなってやるんだから! でしょ?」

「そう、ですね。はい!」

「ふんすっ!」


 戦勝に喜んでいる三人に水を差すのは憚られるが、戦闘はまだ続いている。


「じゃあ、今度はクロエの応援に行ってやれ。早くこのバカ騒ぎを片しちまおう」

「りょっ!」

「はいっ!」

「んっ……!」


 ジゼル、エレオノール、リディの三人が聞き分けよくクロエの援護に向かうのを見て、オレはこのバカげた戦闘の終わりを感じていた。


 だがまぁ、何事も終わらせる前には後片付けが必要なものだ。そして、それは今回も同様である。


「ゼハァー……ゼハァー……ゼハァー……」


 オレの視線の先には、ジゼルにザックリ斬られて、息も絶え絶えのグラシアンの姿が見える。まるで、命の炎が今にも尽きてしまいそうな光景だ。


「グラシアン、なにか言い残すことはないか?」

「ない……。ひと、り……しず、かに。いかせて……くれ……」

「お前ならそう言うと思ったぜ」


 オレは収納空間を展開する。


 すると、なにかを察したのか、グラシアンの体が光る緑の粒子に包まれた。グラシアンのギフト【治癒】の回復の奇跡だ。グラシアンは、その身を包む修道服が示す通り、治癒の奇跡をギフトとして賜った教会の人間である。


 グラシアンにとって、一見致命傷に見えるこの傷でも、この程度なら治癒可能なかすり傷に過ぎない。


 グラシアンの言葉は、最期の言葉ではなく、オレを欺き、逃走するための方便に過ぎないのだ。


「シャッ!」


 緑の光の粒子に包まれたグラシアンが、突然跳ね起きてオレに牙を剥く。


 ボゥンッ!!!


 オレはそれに重苦しい重低音で応じた。


 まるで大きな熟れたトマトでも潰したかのように、グラシアンの頭部が爆ぜる。その身を包んでいた緑の光も消え失せた。

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