第101話 信頼
「本気、なのかしら? そもそも貴方は宿暮らしでしょう? 持ち家なんて無いのではなくて?」
イザベルが鋭い視線でオレを射抜く。
たしかに、イザベルの言う通りオレは宿暮らしで家を持っていない。だが、そんなことは障害にもならない。
「無論、本気だ。家も買うつもりだ。それぐらいの蓄えはある。オレは本気でお前たちを守りたいと思っているんだ。そのためならなんでもするつもりだ。後悔なんて、したくないからな……」
安い買い物じゃないが、クロエたちの命がかかっている。今回は費用度外視だ。考えられることは、全て対策する。相手は、腐ってもレベル6ダンジョンを攻略した経験のある冒険者だ。オレが直々に教育してきた連中でもある。アイツらの実力は、オレが一番よく知っているつもりだ。
同時に、クロエたちの実力では、今はまだ力不足であることも分かっている。いずれ、『切り裂く闇』の連中を実力で凌駕する日がくるだろう。しかし、今じゃない。
クロエたちを鍛える時間も無いし、非戦闘員の姉貴も居る。ここは姉貴やクロエたちを守るためにも籠城できる拠点が欲しいところだ。
こちらから先に手を出せない以上、防戦となるだろう。こっちから撃破したところは山々だが、先に手を出せば、オレたちが悪者になっちまう。
いつ襲撃してくるかも分からない守るべき者のある戦闘。今回の戦闘は、かなり苦しいものになるだろう。オレ一人で五人を相手しないといけないからな。
だが、勝機はある。オレのギフト【収納】の真の力をアイツらは知らない。オレの能力は、初見殺しの特性が強い。上手くいけば、一網打尽にできるかもしれない。オレが『切り裂く闇』の連中を殺す覚悟ができるのかという問題があるが……。
オレの能力は強力だ。そのため手加減ができないし、手加減した攻撃など、レベル6ダンジョンを攻略した冒険者に通用しないだろう。オレには、『切り裂く闇』の連中を殺す覚悟が必要だ。
正直、どんなに相手に恨まれているとしても、これまで面倒見てきた連中を手にかけるのは気が重い。だが、オレはクロエのためならば鬼でもデーモンにでもなれる。オレは迷わず引き金を引けるだろう。クロエに危害を与えようとする者を、オレは決して許しはしない。
オレは、自分の覚悟を確認し、満足して目を開いた。
大丈夫だ。オレは奴らを殺せる。
「アベるん目怖い……」
「ん?」
視線を向ければ、クロエたちが顔を白くして、緊張したような面持ちでオレを見ていた。
意識していなかったが、殺気が漏れてしまったか?
殺気のお漏らしなんて、二流三流のやることだ。オレは慌てて意識して柔和な表情を浮かべる。クロエを怖がらしてしまったなんて、オレはなんて罪深いことをしてしまったんだ。落ち込みそうになる心を無理やり上向きに舵を取る。
「まぁ、そんな感じだ。オレは本気でお前たちを守りたいと思っている。その言葉に嘘はない。家はこれから買うつもりだしな。まだ早いとは思ったが、パーティの拠点にしてもいいだろう」
「拠点とか、秘密基地みたいでかっこいいじゃん!」
「んっ……!」
「たしかに憧れますねぇ」
「うんうん。みんなと一緒に暮らせるなんて夢みたい!」
ジゼル、リディ、エレオノール、クロエは、住む場所を移すのに抵抗が無いのか、乗り気なようだ。オレと一緒に暮らしたくないなんて言われたらどうしようかと思ったが、ひとまず安心だな。
「イザベルはどうだ?」
「つまり、敵襲の可能性が高いから、皆で固まっていようということね?」
「まぁ、ざっくり言っちまえばそうだ。イザベルは賛成してくれるか?」
「そうね。私もその意見には概ね賛成よ。敵に狙われているのに、わざわざ敵に利することをする気は無いわ」
「そうか」
なんとかイザベルにも賛同してもらえて、オレは安堵の溜息を漏らした。しかし、続くイザベルの言葉に、また緊張を余儀なくされることになる。
「でも……」
「でも……?」
イザベルの鋭い視線が、オレに突き刺さる。イザベルは僅かな不快感を感じているようだ。いったい何が不満なんだ。オレは恐る恐るイザベルに尋ね返す。
「貴方の物言いが少し気に入らなわね。“守りたい”なんて、まるで私たちの力を信頼していないみたいで腹が立つわ。たしかに、今回の相手を思えば、貴方にとって私たちは力不足の庇護対象でしょうけど、少しは私たちにも頼りなさないな。私たちは貴方と同じパーティの仲間よ?」
オレは、イザベルの言葉にガツンと頭を殴られたような気がした。
たしかにイザベルの言う通り、オレはクロエたち『五花の夢』のメンバーを、単なる庇護対象としてしか見ていなかった。クロエたちでは、『切り裂く闇』のメンバーに比べると、力不足だと思ったからだ。
オレは、自分一人の問題だと考えて、クロエたちのことを信じて頼ることができていなかった。
防衛計画の策定も、迎撃戦闘も、全て自分一人で行うつもりだったのだ。
クロエたちはまだまだ未熟だ。しかし、決して力のない存在ではない。オレはそのことを忘れていたのだ。
今ならイザベルがオレを鋭い目で見ていた意味も分かる。オレは、力不足を理由に心の中でクロエたちを信頼できなかったのだ。それがどんなに悔しいことなのか。長年、攻撃手段を持たず、戦力外の扱いを受けてきたオレこそが一番分かっているはずだったのに……。
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