第56話 有限

「王都に辿り着くなり教会に駆け込んだらしいからの、大丈夫じゃと思うが……」

「そうかぁ」


 王都の教会に辿り着いたんなら大丈夫だろう。強力な治癒のギフトの使い手が何人も控えているし、死んでなけりゃたいていは治るらしいからな。まぁ、その分高くつくが……。アイツらには手切れ金として大金を渡しているし、問題無いだろう。


 オレは再び安堵の溜息を吐く。知らず知らずのうちに緊張していた体が、ゆっくりと解けていくのが分かった。


 そんなオレの様子を見て、オディロンもゆっくりと溜息を吐くのが分かった。


「まったく、お前さんらしいと言えばそうだが……。普通、あんな手酷い裏切りみたいにパーティを追放されれば、『切り裂く闇』の連中を心底恨んでも仕方がないだろうよ」


 オレを見ながら、呆れたように言うオディロン。


 たしかに、オディロンの言う通りなのかもしれねぇが、今となっては、オレはそこまでブランディーヌたちのことを恨んではいなかった。


「まぁ、オレにとっても丁度いい転機になったからな。パーティを追い出されたおかげ、なんて言うのも変な話だが、おかげでオレは余計なしがらみを感じずに姪っ子たちの面倒を見られているからよ。なんて言ったか? 禍を転じて福と為すだったか? たしか、エルフの言葉にあったろ? あれだ」

「はぁー……」


 オレの言葉を聞いて、オディロンがまた呆れたように溜息を吐いた。


「お前さんは、楽天的と言うか、なんと言うか……。誰もがお前さんみたいに考えられりゃいいんだろうがなー……」


 そう言って、オディロンは目を伏せて自慢のヒゲをしごく。なにか言いたいことがある時のオディロンのクセだ。


「……何か、あったのか?」

「うむ……」


 オディロンが、テーブルに身を乗り出して、口元に手で筒を作ってみせる。内緒の話があるらしい。


 オディロンのような、むさくるしい男と内緒話なんて嬉しくともなんともないが、それはお互い様だろう。オレもテーブルに身を乗り出して、オディロンの口元に耳を近づける。


「これは教会からちょろっと漏れ聞こえてきた話で、本当かどうかは分からねぇが……。『切り裂く闇』の連中は、今回で懲りたわけじゃねぇらしいぞ?」


 懲りたわけじゃない?


 ブランディーヌたちは、レベル7ダンジョン『女王アリの尖兵』で、己の未熟を悟ったわけじゃねぇってことか?


 なんだかよくない流れだ。


 せっかく奇跡的に助かった命だ。粗末にしてほしくはないのだがな……。


「あ奴ら、教会でちと騒動を起こしたようでな」

「騒動?」


 オディロンの言葉をオウム返しに問う。


 教会は、大怪我をする可能性の高い冒険者にとって、いざという時に頼りになる施設だ。実際に、世話になった冒険者も多い。


 そんな最後の砦とも言える教会で騒動を起こした?


 教会からの心証を悪くして、良いことなんて一つたりともねぇのに、ブランディーヌたちは頭がイカレてるのか?


「なんでも、お前さんへの罵詈雑言を吐いて、暴れたらしい。相当恨まれているようだぞ?」

「なんで、オレが恨まれてるんだよ……」


 まったく意味が分からない。オレがブランディーヌたちを恨むのは、まぁ分かるが、クロヴィスたちの方がオレを敵視する理由なんて無いはずだが……。


 ブランディーヌたちにとっては、オレをこっぴどくパーティから追放することで、ある程度の溜飲が下がったと思っていたのだがな。なぜ、オレはそんなにもブランディーヌたちに恨まれているんだ?


「さぁな。バカ共の考えることなんぞ分からんよ。大方、都合の悪いことは、全部お前さんのせいにでもしてるんだろうよ」


 そう言って、オディロンが机の上から身を引いていく。そのヒゲで下半分が埋まった顔には、明らかな侮蔑の表情が浮かんでいた。


「さすがにそれはねぇと思うが……」


 そんなことをすれば、自らの失敗を省みることができない。冷静に自分たちの実力を測ることができず、例え誤った選択をしたとしても、気が付けない。


 さすがにブランディーヌたちはそこまでバカじゃねぇと思いたいが……。


 パーティからオレを追い出す際に、まるで熱に浮かされたような、尋常ではないブランディーヌたちの様子もオレは知っている。


 ちょっと判断がつかねぇな。今度会った時に、それとなく忠告しておくか?


 だが、この前会った時の生意気な態度を思い出すと、忠告する気が失せてくるな。


 それに、法外な手切れ金も払ったのだ。必要以上にブランディーヌたちに干渉するものでもないか。第一、ブランディーヌたちが喜ばんだろう。アイツらは、オレの影響下から出るためにオレをパーティから追い出したと言えるのだからな。


 だが、ここで見て見ぬふりをするのも……。


「お前さんは、今はあのバカ共ではなく、新しいパーティのメンバーのことを考えるべきだな」


 オレが悩んでいるのを察したのだろう。オディロンから今のパーティを第一に考えるべきだと声がかかる。


「そいつは、そうだが……」


 煮え切らない態度のオレに、オディロンが呆れたような顔で口を開いた。


「あ奴らのことなど考えても無駄だ。お前さんの話なんぞ、端から聞く耳持たんからな。そんな無駄なことに時間を使うよりも、もっと有意義なことに、未来ある今のパーティメンバーにこそ時間を使うべきじゃと思うぞ?」

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