第54話 アリ

「ふぅ……」


 王都の城門をくぐった時、私、イザベルは知らず知らずのうちに口から息が漏れていた。自分でも気付かぬうちに緊張をしていたのでしょう。王都のいつもの喧騒が私たちを包み、私はそれに安堵していた。ようやく非日常から日常に戻ってきた心地がした。


 私はリラックスすると同時に、体の疲れを自覚する。表面的な疲れではない。体の芯にこびり付いたような頑固な疲労だ。動けはするけど、体は重たい。そんな疲れ。


 周囲を見渡すと、リディもエルもジゼルもクロエも顔に疲労の色が見える。


「んじゃ、オレはギルドに報告してくる。疲れてるだろ? 今日はここで解散だ。よく頑張ったな。お前らは、今回の冒険で一段と成長している。オレの予想以上だ」


 私たち成人したばかりの若い女の集団に紛れ込んだ30過ぎのおじさん。パーティリーダーであるアベルの言葉に、少女たちは顔を綻ばせる。単純な子たちね。でも、私の口角も自然と上がっていることに気が付いた。


 これがレベル8の人心掌握術なのかしら?


 歳も離れた異性だというのに、アベルはスルリと私たちの輪に自然と溶け込んでいた。彼が私たちに対して、常に細やかな気配りをしているからだろう。私も最初は警戒していたのに、今では彼をある程度信頼している。


 ギルドへの報告もそうだ。アベルがその気になれば、ダンジョン攻略の功績を独り占めすることもできるだろう。本来なら、確認の意味を込めて私たちの中から誰か同行した方がいい。でも、誰も動こうとしない。皆、アベルはそんなことをしないと信頼しているのだ。


 アベルが疲れの色が強い私たちへの好意で早めにパーティの解散をしたことも理解している。彼は言動はぶっきらぼうだけど、意外にもその根底には優しいところがある。たまに口を滑らすのはどうかと思うけれど、彼の本性は紳士と言ってもいいのではないかしら。


「早く帰ろー。あーし疲れちゃった」

「そうですねぇー」


 今にもそのまま座り込みそうなジゼルに、エルののほほんとした声が返る。声はのんびりとしているけど、その顔には疲労の色が強い。水滴のようにおでこに汗もかいている。


 たぶん、私たちの中で一番疲労しているのはエルだろう。彼女は全身に金属の鎧を纏って大きな盾まで持っているから。その重量は、もしかしたらリディよりも重いかもしれない。


「まずはエルの屋敷から行きましょうか。その後、クロエの家に。私たちは最後よ」

「「「「はーい」」」」


 私の提案に、皆がお行儀よく答える。ここ王都は、冒険者の都だ。警邏隊がパトロールしているけれど、それほど治安がいいとも言えない。日も沈みかけ、女一人で歩くには、少々危険な時間帯だ。纏まって行動した方がいいでしょう。


「ねぇねぇ、叔父さんどうだった?」


 エルの屋敷へと歩き始めると、クロエが瞳を輝かせて、ウズウズした様子で尋ねてきた。愛しの叔父さんが皆にどう思われているのか知りたくて仕方ないのでしょう。ほんのりと頬をピンクに染め、まるで恋に恋する少女らしい青い恋がそこにはあった。思わず手が出てしまいそうなほどかわいらしい。


「あーしとしてはアリかなー。あーしよりも強いし!」


 ジゼルは単純でいいわね……。


「わたくしもアベルさんがパーティに加入してくれたことを好意的に受け止めていますわ。全てが手探りであった頃よりも、随分と安定致しました。お人柄も良いですし、身の危険を感じませんでした。紳士で頼れる方だと思います。さすが、クロエの叔父様ですねぇー」

「うへへ。そうよねー」


 にやけたクロエの向こうで、エルがその大きな胸に手を当てて、優美な微笑みを浮かべている。無いとは思っていたけれど、アベルは格上の冒険者。手籠めにされるという最悪の事態も頭には浮かんでいた。男って野蛮な動物だもの。でも、アベルは比較的紳士だったわ。胸元に視線を感じることはあったけどすぐに逸らすし、直接手を出すなんてことも無かった。


 もしかしたら、アベルはヘタレなのかもしれないわね。あの歳で結婚もしていないし。でも、私たちにとってはいいことだわ。パーティメンバーに身の危険を感じるなんて最悪だもの。


「私、もアリ……」


 か細い、今にも消えてしまいそうな儚い声が耳に届く。私がリディの声を聞き逃すなんてありえないわ。


「へぇ……」


 珍しいことね。リディが他人を認めるなんて。この子は人一倍警戒心が高いから、アベルでもすぐには信用しないと思っていたのに。


 リディがその真っ赤な瞳で私を見上げる。かわいい。アパートに帰ったら、すぐにでもかわいがりたい。


「お姉、さま。助けて、くれた……」


 なるほど。リディは、アベルが私を助けたから、アベルのことを信用しているらしい。相変わらず、リディの世界は私を中心に回っているらしい。この子がもうちょっと自分のことを中心に考えられるようになれればいいのだけど……なかなか難しいわね。この子が私を想う分以上に、私もリディのことを想おう。


「それで、イザベルはどう?」

「そうね……」


 クロエに尋ねられて、私はアベルについての評価を下す。


「私もアリだと思うわ。初対面で胸の話をされた時はどうかと思ったけれど、今はアベル以上のリーダーは居ないと思うほど評価が高いわよ。目的や指示が明確で分かりやすいわ。それに……」


 いざという時は、その身を顧みずに仲間を助けようとする。軽薄な人かと思っていたけど、意外にも熱いものを持っている人。その熱さで私を……。


「お姉、さま?」


 気が付くと、皆が私の顔をきょとんとした顔で見ていた。どうしたのかしら?


「夕日のせいでしょうか? イザベルの顔が少し赤く見えるのですが……」



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