第43話 『ゴブリンの巣穴』ボス戦②

「やぁああああああああああああああああ!」


 ガチャガチャと金属の擦れる音を響かせて、エレオノールが残ったホブゴブリンウォーリア2体へと駆けていく。豊かな金髪を後頭部で纏め上げ、駆けていくその後ろ姿には、恐怖の感情は見えない。きっとその心の中には不安もあるだろう。しかし、パーティの盾役であるタンクがビビってたら話にならない。エレオノールには、虚勢でもいいからどんな時でも胸を張れと言ってある。エレオノールは、健気にもその言いつけを守っていた。


「トロワル! ストーンショットッ!」


 エレオノールと中央のホブゴブリンウォーリアがぶつかるその刹那に響いた声がある。イザベルだ。イザベルが己の契約している精霊に命じて魔法を行使する。前に向けられたイザベルの右の手のひらの先に淡い黄色の光が集まり、まるで巨大な釘のような石が生成された。


 ドゥンッ!


 石は空気が爆ぜるような音を響かせると、目には捉えられない速度で射出される。その向かう先はイザベルの掲げられた右手の先。左のホブゴブリンウォーリアだ。


 ドゥォオオオン!!!


 断末魔を上げる暇さえ与えず、ホブゴブリンウォーリアの上半身が消し飛ぶ。石はホブゴブリンウォーリアを貫通し、それでも止まらず、ボス部屋の壁に当たって大きな音を立てた。


 これで残すところはホブゴブリンウォーリア1体のみ。


 あっという間に2体の仲間が屠られたホブゴブリンウォーリアは、しかし、冷静だった。腰から2本の剣を抜き、左右の手に剣を持ち、エレオノールを迎え撃つ。


 二刀流。なかなか経験できない戦闘スタイルだ。いい勉強になるだろう。


「せぁああっ!」


 エレオノールが裂帛の気合を込めて剣を振り下ろす。後先など考えていないと言わんばかりの大振りだ。確かに威力は十分だが、それは当たればの話。


 キュインッ!


 冷たさすら感じさせる音と共に、エレオノールの剣はホブゴブリンウォーリアの剣によって、その軌道を逸らされてしまった。さすがはボスと言ったところか、レベル2という低レベルダンジョンのモンスターにしては技量が高い。


 ホブゴブリンウォーリアは、二刀流だ。エレオノールの剣の軌道を逸らすために左の剣を使ったが、まだ右の剣が残っている。


 対するエレオノールは、大振りで剣を振ったことが災いし、態勢を大きく崩していた。残った盾は、剣を振るために横に開かれており、胴体ががら空きになってしまっている。死に体だ。ホブゴブリンウォーリアにとって、あとはもう煮るなり焼くなり好きにできる状況。


 その隙を見逃さす、ホブゴブリンウォーリアの右の剣が動く。その先はエレオノールの首筋を狙っていた。しかし―――。


「ちょえいっ!」


 エレオノールの後ろから飛び出た人影があった。奇抜なかけ声と共に、鋭い突きがホブゴブリンウォーリアを襲う。ジゼルだ。エレオノールの背後に隠れるように駆けていたジゼルがその姿を現したのだ。


 ホブゴブリンウォーリアには、魔法のように突然ジゼルが現れたように見えたことだろう。エレオノールが白銀に輝く鎧と盾で視線を集め、背後に居るジゼルの姿を隠し、ジゼルによる奇襲攻撃を成功へと導いた。


 エレオノールが無理な大振りを繰り出したのは作戦の内だ。そして、生まれるであろうエレオノールの隙を狙って攻撃を繰り出すホブゴブリンウォーリアをジゼルが仕留める。攻撃の最中というのは、実は一番の隙である。勢いの付いた体は、そう簡単には止められない。


「Gaッ!?」


 しかし、ホブゴブリンウォーリアは、辛くも右の剣でジゼルの剣を受け止めた。奇襲失敗。作戦失敗か? 否。その隙に、エレオノールが崩れた態勢を戻すように流された体を引き戻す。


「やぁあっ!」


 そして生まれるのは、全身をバネのように使った強烈な斬り上げだ。


 ガキンッ!


 先程のような澄んだ金属音ではない。金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡った。ぶつかり合いを制したのはエレオノールだ。エレオノールの剣が高々と掲げられ、対するホブゴブリンウォーリアは左手の武器を失くし、その胴に深い一筋の傷を負っていた。遅れてカランカランッとホブゴブリンウォーリアの剣が石畳の床に転がる音が届く。


「せいやっ!」


 ここが攻め時と思ったのだろう。ジゼルが前に出てホブゴブリンウォーリアの首へと一閃する。


「ッ!?」


 言葉にならない声を上げて、ホブゴブリンウォーリアはのけぞるようにジゼルの剣を躱すと、そのまま大きく後ろへと跳躍した。形勢不利と判断したのだろう。一度立て直すために距離を取ったのだ。


 しかし……。それもエレオノールたちの手のひらの上で踊っているに過ぎない。


 ドスッ!


 そんなに大きな音ではないだろう。しかし、そのなにかを深く突き刺すような音は、不思議なほど大きく耳を打った。


 驚きの表情なのか、ホブゴブリンウォーリアはその目を限界まで見開き、白い煙となって消えていく。そうして現れるのは、クロエの姿だ。ホブゴブリンウォーリアの後退した先に待ち構えていたクロエが、背後からホブゴブリンウォーリアを襲ったのだ。

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