第39話 お披露目

「【収納】……」


 オレは右の手のひらを突き出し、光さえも吸収しているかのような真っ黒な収納空間を大きく展開する。


「ふぅー……」


 そして、深呼吸を一つ。これからすることは、実戦では初だ。今までに何度も確認をしてきたが、本番で上手く作動するか、心配は尽きない。


「ハハッ」


 だが、オレは、自分でも不思議なほど、ワクワクしていた。


 今まで、戦闘ではなにも役に立てなかったオレが、このパーティの窮地に役に立てる術がある。それだけでオレは、胸が跳ね上がるほど興奮していた。


「GOBUGOBUGOBU!」

「GEGYAGYA!」

「GOBUGOBU!」

「GEGYA!」

「GOBUUUUU!」

「GOBUN!」


 ついに、ゴブリンたちがクロエたち目がけて走り出す。小柄で雑魚なゴブリンだが、これだけ数が揃うと、脅威を感じるな。


 オレは迫りくるゴブリンたちに向けた右の手のひらを強く握りしめる。


「……放て」


 その瞬間――――。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


 弾けるような暴風雨が木霊する。


 その正体は、50本を超えるヘヴィークロスボウのぶっといボルトだ。


 鍛冶師のキールに注文した1000本のボルト。オレは、1000本のボルトを全てヘヴィークロスボウで撃ち、収納空間で保存していた。


 収納空間の中は、時間が停止している。ヘヴィークロスボウで撃ち出され、収納空間に収納されたボルトは、ヘヴィークロスボウで発射された速度、衝撃、破壊力、その全てを保存されている。


 それが今、100発弱の豪雨風となって、暴風を纏って具現化する。その結果――――ッ!


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


 ゴブリンたちの手足が、頭が、腹が、砕け、弾け、千切れ飛ぶ。まるで血飛沫のように白い煙が弾け広がり、煙幕でも焚いたかのように視界が白に染まる。


 白のカーテンが払われた時、そこにはなにも残ってはいなかった。



 ◇



「GEGYA!?」


 あたしは、頬に伝う涙をそのままに、ゴブリンの体に浮いた赤い点目がけてスティレットを思いっきり突き立てる。たぶん、ゴブリンの心臓を背中から貫く一撃。


 ゴブリンは、ビクリッと体を震わせると、白い煙となって消えていく。


 これでようやく一体。でも……。


「GEGYA!」

「GOBUUUUU!」

「GOBUN!」


 あたしの目の端に映るのは、洞窟の角道から現れる、数えられないほどたくさんのゴブリンたちの群れだ。


 あたしが、あたしが連れてきてしまった……。


 あたしのミスで、こんなにたくさんのゴブリンをリンクさせてしまった。


 こんな数のゴブリン、あたしたちじゃ絶対に対処しきれない。


 ゴブリンたちは……弱い。


 でも、あの数は暴力だ。数に押し倒されて、なにもできないうちに踏み躙られてしまう。


 押し倒されて、ボコボコにされて、その後は……。最悪の想像ばかりが頭を過る。


 あたしだけなら、嫌だ。嫌だけど、まだよかった。でも、あたしのせいで皆が……。そんなの耐えられない。


 あたしは、自責の念に圧し潰されそうだった。


 怖くて怖くて、涙が次へと次へと溢れてくる。


「助けて……」


 あたしは、気が付いたらそう零していた。


 もう、どうしようもなくなって、あたしは神に縋るように、奇跡に縋った。


 お願い。助けて。誰か、助けてよ……。


 涙で歪む視界の中、あたしはゴブリンの視線を掻い潜り、震える手でスティレットを強く握りしめる。


 心が音を立てて軋みを上げ、まさに折れそうになった時――――。


「全員! 目の前の敵に集中しろ! 恐れるな! 敵の援軍は、オレが片付ける!」


 叔父さんの雄々しい声が、あたしの心を強く掴んだ。折れかけ、崩れかけていた心が、強く補強されていく。叔父さんの言葉が、あたしの心を強くしていく。


 いつの間にか、手足の震えが止まっていた。しっかりと前を向いていた。


 実際に、叔父さんがなにかしたわけじゃない。でも、確かにあたしの心に明かりを灯した。


 叔父さんが、戦闘に関してあまり自信が無いと言っていたのも覚えている。


 でも、叔父さんが任せろって言ったんだ。いつも慎重で、勝てる勝負しかしないと公言している叔父さんが言ったんだ。


 あたしは、それだけで信じられる。叔父さんを信じてる。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


 あたしの心の明かりをより確かなものにするかのように、叔父さんが動く。


 まるで暴風雨に撃たれているかのような爆発の嵐。それは、あたしを通り過ぎて、すぐそこまで迫ってきていたゴブリンたちに降り注ぐ。その瞬間――――。


 ゴブリンたちが、弾けた。


 まるで体中に爆弾でも取り付けられていたかように、ゴブリンたちの体が破裂し、爆ぜて、千切れ跳ぶ。


 血飛沫の代わりに白い煙を吹き出し、一面が真っ白に染まった。


 そして、煙が晴れた時には、ゴブリンたちの姿など、影も形も無かった。


「すごい……ッ!?」


 20体は居たゴブリンの大群れが、一瞬で全滅。


 あたしのミスをしたという事実が無くなったわけではないけど、叔父さんは一人で、あたしのミスを帳消しにしてみせた。


「叔父さん、すごい!」


 やっぱり、叔父さんはすごい冒険者なんだ! さすがレベル8冒険者! さすがはあたしの叔父さん!


 あたしは、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。

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