第36話 継戦
「ゴブリン4っ!」
可憐な少女を思わせるかわいらしい声が、耳に届く。
暗くじめじめとした洞窟の中。松明の頼りなく揺れる明かりが照らす前方の曲がり角。そこから跳ぶように躍り出たのは、黒のピッチリと張り付くような装備を身に纏うクロエの姿だ。
クロエは、盗賊とも呼ばれることがあるパーティの斥候役であるシーフだ。敵地に単独偵察に行くこともあるので、その身は音の鳴る金属の重装備を纏えない。そこで考えられたのが、攻撃を耐えるのではなく躱すという発想だ。そのため、シーフの装備は過剰なくらい身動きしやすいように考えられている。中には下着と変わらないような物まである始末だ。
当然、オレはかわいい姪であるクロエが、痴女扱いされるのを防ぐべく、なるべく布面積の広い物を選んだつもりだ。しかし……オレは判断を誤ったかもしれない。
「ウォリ3、アチャ1!」
接近戦をするゴブリンの戦士ゴブリンウォーリア3体と、弓を持ってるゴブリンアーチャーが1体か。そこそこいい練習になるだろう。
クロエが敵のゴブリンの構成を伝えながら、こちらに向かって駆けてくる。松明のオレンジの光に照らされたその姿は、クッキリと若さ溢れるボディラインを浮かび上がらせていた。
クロエの装備は、たしかに露出している肌面積は少ない。顔と肩、太ももの一部が露出しているくらいだ。だが、クロエの体にピッチリと張り付いた装備は、まるで服を着ているのではなく、クロエの裸体に服の絵を描いたようにも見える有様だ。
オレは布面積にばかり気を取られ、大事なことを見落としていたようだな……。
後でなんとかしよう。オレはそう心に固く誓い、【収納】を発動する。現れるのは、そこだけ切り取られたかのような黒い空間だ。オレはその黒い底なしの空間に手を突っ込んで、中からある物を取り出して構える。
それは大きく、まるで殺意以外の感情が抜け落ちたかのように無機質な冷徹さを受けるクロスボウだった。弦を張り詰め、ボルトが放たれ敵を穿つ瞬間を、今か今かと待ち構えている。
この巨大なヘヴィークロスボウがオレの相棒だ。
重くて狙いが付けづらいわ、弦が硬すぎて、それなりに鍛えているハズのオレでも自力で引けず、備え付けの巻き上げ機を使わなくてはいけないわ、とにかく扱いづらい。威力に特化し過ぎて、その他すべてを犠牲にしたような、汎用性などまるでないクロスボウだ。
しかし、その威力は絶大である。大した戦闘能力を持たないオレが、高レベルダンジョンのモンスターに傷を負わせることができる唯一の手段だ。
「アーチャーはオレが仕留める。お前たちはゴブリンウォーリアを」
オレはパーティメンバーへと指示を出して、ヘヴィークロスボウの狙いを曲がり角へ定めた。ゴブリンアーチャーは、弓を撃つ時間さえ与えずに倒さないといけないからな。陣形を無視して後衛を攻撃できる遠距離攻撃は、相手にするととても厄介だ。
「GyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGya!」
「GuaGuaGua!」
奇怪な雄叫びが、洞窟の中で反響し、微かにオレの耳に届く。その奇声は次第に大きくなり、こちらに接近していることが分かった。来たか。
曲がり角から飛び出してきた音の正体は、緑色の肌をした小柄な人影だった。オレの腰ぐらいまでしかない小さな体躯、その小さな体には不釣り合いなほど大きく尖った耳、金色の瞳にヤギのような横長の瞳孔。ゴブリンだ。
先頭を駆けてきたゴブリンは、粗末な腰巻を身に付け、その手に棍棒を持っている。ウォーリアと呼ぶには貧相だが、これがレベル2ダンジョンのゴブリンウォーリアだ。
以前戦った野生のゴブリンよりも、よほど貧相に見える。強さも野生のゴブリン以下だろう。
ゴブリンウォーリアがオレの射線上を通過していく。オレの狙いはゴブリンアーチャー。コイツには撃たない。
「Gugege!」
次に現れたのも棍棒を手にしたゴブリンウォーリアだ。
そして、次に現れたのは……ッ!
ブォンッ!!!
オレは、それを知覚すると同時にトリガーを引いていた。ヘヴィークロスボウの太い弦が空気を切り裂く重苦しい音が洞窟に反響して響き渡る。
オレの放ったボルトは狙い違わず飛翔し、ゴブリンアーチャーの頭を撃ち砕いた。ゴブリンアーチャーが断末魔もなく白い煙へと成れ果てる。
ボスッ!
ゴブリンの頭を貫通したボルトは、尚もその威力を保っていた。洞窟の壁に激突し、重低音を響かせる。
ゴブリンアーチャーを仕留めた今、相手はゴブリンウォーリア3体だ。おそらく勝てるだろう。オレはヘヴィークロスボウの弦を巻き上げながら観戦することにした。
ゴブリンウォーリアたちは、こちらを見ると、怯むどころか嬉々として襲いかかってくる。普通の生物なら仲間が一撃で倒されたことに動揺や恐怖を浮かべそうなものだが、これはなにも、このゴブリンウォーリアたちが特別バカだからではない。ダンジョンのモンスターは、侵入者を見つけると、人数差や戦力の大小に拘らず襲いかかってくるのだ。
まるで、命ある限り敵を殲滅しようとする死兵だ。一見バカみたいだが、やられてみると意外とキツいことが分かる。なにせ、見つかれば絶対戦闘になるからな。1回の戦闘では気になるほどではないが、何度も続けばこちらが疲弊する。例え、相手がザコだとしてもだ。
もう『ゴブリンの巣穴』の8割方攻略できた。総戦闘回数は17回。そろそろパーティメンバーに疲労がたまってくる頃だろう。剣を持ち上げる腕も重いはずだ。
だが、慣れていかねばならない。ダンジョンという、どこにも安全地帯が存在しない魔境にいるのだ。休憩を欲しても休憩できないことなんてザラにある。パーティに大事なもの。それは、素早く敵を片付ける殲滅力も大事だが、一番大切なのは継戦能力なのだ。
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