第35話 装備
「あいよっ!」
松明のオレンジ色に色付く洞窟の中に、白銀の剣筋が閃いた。ジゼルだ。パーティの遊撃手であるジゼルが、エレオノールと睨み合っていたゴブリンを背後から奇襲したのだ。
「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
いきなり背中を斬られたゴブリンは、耳をつんざくような悲鳴を上げて前のめりに倒れる。
「はぁっ!」
そこに待っていたのは、エレオノールの鋭い一刺しだ。
「Guoッ」
エレオノールの装飾華美な片手剣の突きを喉に受けて、ゴブリンがくぐもった声を上げる。その背や喉からは、白い煙がまるで血液の代わりに吹き出していた。
「えいっ!」
なんとも気の抜けるエレオノールの声と共に、ゴキュリとなにかがねじ切られたような音がした。エレオノールが片手剣を捻ってゴブリンの喉を抉ったのだろう。
ゴブリンはビクリッと体を一度震わせると、ボフンッと白い煙となって消える。ゴブリンの討伐に成功したのだ。
カランッ!
小さく乾いた音を立てて、ゴブリンが居た場所に棍棒と呼んでいいのか、木の枝と呼ぶべきか迷うほどの木片が落ちていた。これがゴブリンのドロップアイテムだ。オレはその木片を拾って【収納】に収めながらジゼルとエレオノールの様子を窺う。
2人ともモンスターの討伐に達成感を感じているのか、小さく笑みを浮かべている。緊張や恐怖で強張っているわけではなさそうだ。
稀に人型のモンスターを倒すことに拒絶反応を示す者が居るが、2人は大丈夫なようだな。
そのことに安堵しつつ、ジゼルへと視線を向ける。
「よっしゃー!」
両手を上げてモンスターの討伐を喜ぶジゼル。その姿は、以前のボロ着姿ではない。艶消しした黒の革鎧をタイトに着込み、一見その姿は身軽さを尊ぶシーフのようだ。オレとしては、ジゼルは剣士なのだからもっと重装甲にしたかったのだが、本人が嫌がった。下にチェインメイルを着ることも拒否したくらいだ。ジゼルは身軽さを重視しているらしい。
【剣王】という剣士は喉から手が出るほど希少かつ強力なギフトを貰ってはいるが、ジゼルの嗜好はシーフ向きのようだ。
そんなジゼルだからか、彼女は革製のパンツ鎧であるサブリガと、レギンスの装備も拒否した。動きが制限されることが我慢できないらしい。サブリガとレギンスの代わりに彼女が穿いているのが、厚手のホットパンツとニーハイソックスだ。ジゼル本人はかわいいと言って気に入っているようだが、オレとしては防御力に不安が残る。
ジゼルがどうしても譲らなかったのでオレが折れてしまったが、もっと強く言うべきだったかもなぁ……。
オレはやれやれと頭を振って、今度はエレオノールに注目する。エレオノールは、胸の前で左手を握って勝利を噛み締めているようだった。
エレオノールの恰好は、以前とあまり変わりはない。装備自体は充実していたからな。変更した点は、ミニスカートを止めさせたくらいだ。
エレオノールは、紺色のワンピースドレスを着て、その上から白銀に輝く鎧や盾を身に付けている。オレとしては、普通にズボンでいいかと思ったんだが、エレオノールはどうしてもスカートに拘ったので、この紺色のワンピースドレスになった。
ドレスと付く通り、なかなか華やかなワンピースだ。しかし、冒険者の装備として、最低限の仕事は果たしている。実はこのワンピースドレスには、鉄線が編み込まれた防刃仕様なのだ。ワンピースドレスの下にもチェインメイルを着ているし、たぶん大丈夫だろう。
目下一番心配なのは……。
「なにかしら?」
イザベルに目を向けると、虹の油膜がかかったような黒い瞳がオレを迎撃する。その横にくっ付くように立っていたリディの赤い瞳をオレを睨むように見る。この2人には、なぜか強く警戒心を持たれてるんだよなぁ……。いや、イザベルには初っ端胸の話をしちまったから分からんでもないが、リディはなんでオレのことをこんなに警戒してるんだ? 貞操の危険を感じてるとか? いや、どう見たって10歳くらいにしか見えないリディを女としてみたことは無いんだがなぁ……。
リディは手に持った錫杖をキュッと握り締めて、イザベルの後ろに隠れてしまう。まぁ、リディの装備に関しては問題じゃない。リディの白地に青のラインが入った修道服の下にはチェインメイルを着ているし、手には錫杖も持たせた。棒術の心得はこれから教えていくとして、とりあえず装備面は問題無いだろう。
問題があるのは……。
「なに? なにか言いたいことがあるなら言ってみなさいな」
オレの視線から庇うように胸元を手で隠しながら言うイザベル。なにを勘違いしてるんだか。オレは胸なんて見てねぇぞ。
「それじゃあ言わしてもらうがよ。その恰好はどうにかならんのか?」
イザベルは今、ダンジョンの攻略中だというのに、その細い肩もたわわな胸元も露わにしたイブニングドレスのような黒いドレスを着ている。黒のヴェールで顔を隠していることといい、まるで喪服のようだ。手には杖も持っておらず、右手に松明を持っているだけだ。松明の光に照らされて、右手の薬指に淡く黄色に指輪が光っている。どこからどう見てもダンジョンには不釣り合いの格好だ。まったく冒険者に見えない。
「どうにもならないわ。これが私の勝負服よ」
「その喪服みたいな色だけでもどうにかならなかったのか? 縁起が悪すぎるだろ……」
しかし、イザベルはオレの言葉をふんっと鼻で笑う。
「冒険者なんていつ死んでもおかしくないのだから、相応の覚悟を持って臨むべきよ。この服は、私の覚悟の表れなの」
「その覚悟は素晴らしいとは思うがよ。下にチェインメイルくらい身に付けたらどうだ?」
イザベルは、本当にドレスだけ着ていて、防具らしいものはなにも身に付けていない。間違いなくこのパーティで一番防御力が低いのは彼女だろう。
「加工品は精霊たちが嫌がるのよ。魔法の力を高める意味でも、できる限り身に付けたくないわ」
イザベルは【精霊眼】という稀有なギフトを持つ精霊魔法の使い手だ。その威力を落としたくないという気持ちは分かるが、ちょっと心配になってしまう。
「はぁー……」
だが、言っても聞かないんだよなぁ……。オレは諦めの気持ちを込めて溜息を零した。
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