第33話 鍋

「ふぅー……」


 女の買い物は長いと聞いてはいたが……まさか、これほどとはな。朝早くに集合したというのに、買い物が終わった頃には、もうとっくに日が西に傾き、周囲を茜色に染め上げていた。丸一日かかってしまうとはな。


 オレの場合、見た目よりも性能重視だ。装備のスペックを比較して決めるだけの単純作業だが、年頃の女の子となるとそうもいかないらしい。装備と見た目、そして値段。様々な要素を加味して装備を決めるからか、やたら時間がかかる。


 まぁ、思春期だからなぁ。今のオレは自分の服装などどうでもいいが、オレにも自分の見た目をやたらと気にする時期があった。時には装備の性能よりも見た目を重視する非効率さを発揮したくらいだ。あまりとやかく言えん。


 それでも、オレのおススメする装備がことごとく却下されたのには、さすがに閉口したがな。


 曰く、オレのおススメする装備はかわいくないらしい。かわいらしさよりも自分の命の方が大事だと思うんだがなぁ。そう思ってしまうオレは、それだけおじさんになったということだろう。気持ちはまだ若いつもりだが、服装や身だしなみとかいちいち決めるのが面倒で、どうでもよくなってしまったからなぁ。


 顎に触れれば、ジョリジョリと無精ヒゲが逆立つ感覚がする。


 昔は毎朝剃っていたんだが、今では気が向いたらだもんな。身だしなみや服装に気を遣うよりも、面倒が勝ってしまうというのはおじさんの入り口かもしれん。


「叔父さん、どうしたの?」


 隣を歩くクロエの声に、現実へと戻される。茜に染まる黄昏時だからか、なんだか感傷的な気分になってしまった。


「んにゃ、なんでもねぇよ。夕飯でも買って帰るか」


 なんでもないオレの言葉に、クロエがぱぁっと輝くような笑顔を浮かべる。


「今日は家に来てくれるの?!」


 まったく、こんなだらしない叔父さんが、家に来るのことの何がそんなに楽しいのかねぇ。普通は嫌がりそうなものだが。世のお父さん方は思春期の娘に嫌われないように必死だというのに、クロエは昔からずっとオレに懐いている。父親の居ないクロエにとって、オレは半分親父みたいなものだと思うんだが……。まぁ、嫌わないでくれるのは素直にありがたいな。


「ああ。今日は夕飯にお邪魔しようと思う。その後帰るがな」

「えぇーっ。泊っていけばいいのに。また一緒に寝ようよー」


 クロエがオレの腕に抱き付て、上目遣いでオレを見る。まったく、どこでそんな技覚えたんだか、その姿はなんでも買ってやりたくなるほどかわいらしい。


 姉貴とクロエの家は客間というものが無い。リビングとキッチン、そして寝室が1つあるだけの小さな家だ。そして、寝室にはベッドが1つしかない。その1つしかないベッドで姉貴とクロエは寝起きしてるんだが、クロエが小さかった時ならまだしも、今3人で寝たらきっとぎゅうぎゅうになるほど狭い。


 わざわざオレを誘うこともないだろうに。


「ダメだ。オレは宿に帰る」

「えぇー。今日くらいいいじゃない。結局あたしにはなにも買ってくれなかったし……」

「あれは……」


 クロエがオレの顔を見上げたまま頬を膨らませて見せる。オレがクロエになにも装備を買わなかったことが不満らしい。だが……。


「アレはべつにプレゼントしたわけじゃねぇぞ。後でキッチリ金を返してもらうからな。オレに借金ができなくてよかったんじゃねぇか」


 視線を下げてクロエの全身を見れば、フードとマフラーの付いた黒を基調としたタイトな装備に身を包んでいるのが分かる。オレが成人祝いでクロエに贈ったシーフ用の装備だ。おかげでクロエの装備は、新調する必要がなかった。


「それは分かってるけど、そうじゃなくてー」


 クロエがオレの腕に抱き付きながらぶら下がるように体重を預けてきた。皆は装備を新調したというのに、自分だけ仲間はずれが嫌だったのか? 年頃の女の子の考えは分からん。


「ほら、自分で歩け。さっさと夕飯を買いに行くぞ」

「もー」


 オレはクロエを無理やり引きずるようにして、市場へと向かうのだった。



 ◇



「それでクロエはご機嫌斜めなのね」


 向かいに座った姉貴が、クロエを見て笑って頷いた。今は買い物も終わり、姉貴とクロエの家で夕飯を食べてる最中だ。今日の夕食は、市場で見つけたシチューを鍋ごと買い、他にもパンやソーセージ、サラダや卵料理などが並ぶ。


 姉貴には「また鍋ごと買ってきて! あんたは我が家を鍋まみれにするつもり!?」と怒られたが、シチューの入れ物を持っていなかったのだから仕方がない。


 ちなみに、オレが次々と買ってくる鍋は、売らずに近所の人にあげているらしい。なんとも姉貴らしい話だ。売れば少しは自分たちの生活の足しになるだろうに。


「もー。そんなのじゃないんだからっ」


 クロエが若干の不機嫌さをにじませてパンを千切る。姉貴にからかわれたと思ったのだろう。


 オレは千切ったパンをシチューに付けながら思う。


 そういえば、クロエに「浮気者」の真相を訊くのを忘れていた。


 どうするかな? 今は姉貴も居るし、何が出てくるか分からん話は止めておくか。下手に藪をつつくことはないだろう。蛇程度ならいいが、ドラゴンが出てきたら怖い。


 オレはシチューをたっぷりと吸ったパンを頬張り、そのまま口を閉じるのだった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


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