第32話 切り裂く闇

「はぁ!? どうなっていますの!?」


 わたくし、ブランディーヌは、わけが分からず冒険者ギルドの受付嬢に問い返した。


「で、ですから……『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者は居りません……」


 わたくしの怒声に恐れをなしたのか、受付嬢が震えながら答える。しかし、その言葉は、わたくしの望んだものではなかった。沸々と怒りが込み上げてくる。


「貴女、ナメてますの?!」

「ひっ……」


 もう一度怒鳴るように問うと、受付嬢の口から小さく悲鳴が漏れた。その顔は血の気が失せたように白くなり、唇が紫になっている。目は充血して赤くなり、目尻には今にも零れそうなほど大きな涙の粒が見える。


 受付嬢の恐怖に強張らせた顔を見て、わたくしの溜飲が少し下がる。前から冒険者ギルドの連中は気に喰わなかったけど、これだけ脅せば少しはわたくしたちを見る目も変わるだろう。


 ギルドの連中は、アベルばかり贔屓して、わたくしたちのことをまるで評価しない。あんなマジックバッグにも劣るハズレギフトしか持たない奴のどこがいいのかしら。アベルはポーターでしかない。ただの荷物持ちだ。パーティの主力は、実際に戦ってるわたくしたちのハズなのに、アベルばかりが評価される意味が分かりません。


「それで? 本当は何人参加希望が来ていますの?」


 今度は優しく受付嬢に問い質す。もうナメた口はきかないでしょう。


「あの……、本当に参加希望が来ていないんです。信じてくださいッ!」


 涙を拭って訴える受付嬢の姿に嘘は見えなかった。本当に? 本当に『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者が0だって言いますの!?


「そんなバカな話があるわけないでしょう!!!」


 わたくしは苛立ちを込めてカウンターテーブルを叩いた。テーブルがミシリッと音を立てるほど全力だ。


 このアマ、まだわたくしのことをナメていますの?!


「いいですか! よく聞きなさい! わたくしたちはレベル6ダンジョンを制覇した『切り裂く闇』ですよ! 若手じゃ頭一つも二つも飛び抜けてるビッグネーム! なんで新進気鋭のわたくしたちのパーティに入りたい奴が居ないんですの! おかしいでしょう!!!」


 普通に考えて、選ぶのもたいへんなほど大量に集まるはずだ。それが0なんてありえない!


「ブランディーヌ、こちらへ来るがよい」


 もう一度受付嬢を分からせてやろうと口を開こうとすると、腕を掴まれて後ろに引っ張られた。セドリックの声だ。


「なぜ止めますの?!」


 後ろを向いて、巨漢のセドリックに噛み付くように吠える。


「そうだね。これ以上はマズイ。まずはこっちに来なよ」


 ひょろっとした黒いローブ姿のジェラルドもわたくしを制止する。マズイ? いったい何がマズイというの? わたくしたち『切り裂く闇』が冒険者ギルドにナメられている方がよっぽどマズイ状況でしょう?!


「左様。これ以上は看過できぬ。周りを見てみるがよろしい」


 周り? グラシアンの言葉に周りを見ると、険しい表情をした冒険者たちと目が合った。言い直しましょう。冒険者たちの表情は、険しいを通り越して、わたくしを蔑みの視線で見ていた。どういうことですの!?


「お嬢、ここはちと状況がわりぃ。頭冷まして向こうで話し合おうぜ」

「ええ……」


 周りの冒険者の視線に気圧されるように、わたくしはジョルジュの言葉に頷いてしまった。クッ! なんて惨めな気分なの!



 ◇



 場所を変えて、わたくしたちは冒険者ギルドの食堂で顔を突き合わせていた。


「なんなんですのアイツらは?! わたくしをバカにしやがって!」


 受付嬢に周りの冒険者ども、アイツらは間違いなくわたくしをバカにしている。一度は矛を収めたが、未だにわたくしの腸は、沸々と煮えくり返っていた。


「怒りは分かるが、今は落ち着くのだ。怒っても事態は好転せぬぞ」


 今はセドリックの正論にも腹が立つ。ですが……。


「はぁー……」


 口から熱い息を吐き、怒りを収めるように努力する。不満を飲み込み、聞く耳を持つ。パーティを導くリーダーには必須の技能だ。そうわたくしに教えたアベルの影がチラつき反吐が出そうですが、使えるものはなんでも使う。それが冒険者です。


「それで? なぜわたくしを止めたの?」

「お主も見ただろう? あの冒険者どもの目を。あのままでは我々が悪者になる」

「悪名が怖くて冒険者なんてやってられませんわ。あのナメた態度の受付嬢をシバいた方がよかったのではなくて? その方が冒険者ギルドも目を覚ますことでしょう」


 わたくしはセドリックを鼻で嗤うと、今度はクロードが口を開く。


「あの受付嬢が嘘を言っていないとしたら?」

「どういうことです?」


 明らかに嘘を吐いているあのアマが、嘘を吐いていないってのはどういう了見でしょう?


「アベルだ」


 クロードの呟いた名前に、わたくしは反射的に顔を顰める。できればもう一生聞きたくない名前だ。


「僕たちはアベルの影響力を低く見ていたのかもしれない。考えてみれば、あんな無能がレベル8になれるなんておかしな話だろ? そのぐらい冒険者ギルドに強い影響力を持っているんだ。そして、アベルは僕たちのことを憎んでいる。もう分かるだろ?」

「そういうことですの……。腐っていてもレベル8ってところかしら……」


 アベル、どこまでもわたくしたちの邪魔をする奴!


「どういうこった?」

「寄生虫のアベルの妨害に遭ったんです。アイツが裏で手を回して、冒険者ギルドへのわたくしたちの依頼を握り潰したんですわ!」


 まだ事態を飲み込めないジョルジュに、わたくしは端的に言って聞かせる。


「これからどうする?」

「決まっていますわ!」


 わたくしは不安な顔を浮かべたグラシアンに強気に答えた。


「いいかしら? 冒険者ギルドはもう役に立ちません。アベルの妨害に遭いますからね。わたくしたちの敵と言ってもいいでしょう」


 わたくしは一人一人を顔を見て言う。セドリック、ジョルジュ、クロード、グラシアン、皆の顔には不安、そして不満の色が見えた。そうですわ! これ以上アベルの横暴を許しておけません!


「追加の人員は、集まらないと思った方がいいでしょう」


 本当なら、アベルよりもよっぽどマシな新メンバーを加えて、更なる飛躍をするハズだったのに。あの男、絶対許しませんわッ!


「ではどうする?」


 セドリックがわたくしに問いかけてくる。


「わたくしたちは……」


『最後に一つ。次にダンジョンに行くなら、レベル5のダンジョンに行くといい。そこで自分たちの実力を確認しておけ』


 わたくしはアベルの言葉を振り切って断言する。


「わたくしたちは、レベル7ダンジョンを攻略いたします! 冒険者ギルドが、周囲の冒険者たちが、わたくしたちを侮るのは、レベル6ダンジョンの制覇がアベルの手柄にされているからです! わたくしたちは、アベルが居ないとなにもできないと思い込まれています! まずはその腐った現実を蹴散らしましょう!」


 そうすれば、冒険者ギルドの連中も考え直すでしょう。わたくしたちとアベル、どっちが有能かね!

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