第12話 ヘヴィークロスボウ
「早く! こっち!」
ジゼルに手を引かれて辿り着いたのは、小高い丘の上だった。頂上に登ると、一気に視界が広がる。
その広がった視界の中に、草原を移動する集団が見えた。ここは街道から外れた場所だ。こんな所を大人数で移動しているとは考えにくい。何者だ?
オレは目を細めて移動する集団を確認すると同時に息を呑む。少女だ。二人の少女が小柄な人影の集団に追われている。身長はオレの腹ぐらいまでの小柄な身体、緑の肌、その図体には似合わないほど大きな耳。ゴブリンだ。ゴブリンの集団に少女たちが追われているッ! なんでこの王都の近くに魔物が居るんだッ!?
まだ距離は離れている。今から助けようとしても間に合うかどうか……。ここはクロエの安全を確保した方がいいか?
「なんてことッ!?」
「イザベルッ! リディッ!」
エレオノールとクロエの悲鳴が耳朶を打つ。その瞬間に、オレは駆け出していた。緩やかな丘の下り坂を全速力で下っていく。
クロエの悲痛な叫びに、オレは弾かれたように反応したのだ。
名前を知っているということは、襲われている少女たちはクロエの知り合いなのだろう。もしかしたら、友だちかもしれない。状況を考えれば、あの二人こそ探していた残りのパーティメンバーの可能性が高い。
パーティを組むほど、それだけクロエと深い関係の少女たちかもしれないのだ。
冒険者パーティってのは、伊達や酔狂で組むものじゃない。コイツらになら自分の命を預けられる。時には、自分の命を投げ出せるほどの深い信頼で結ばれている。それが冒険者のパーティだ。
そんな仲間が失われたら、クロエはどう思うだろう?
オレはクロエを護ると誓った。ならば、クロエの心まで護らないのは嘘だッ!
「クロエたちは待機してろッ!」
オレはそれだけ叫ぶと、脇目も振らずに疾走する。クロエとエレオノールは武装していない。助けに来られても守るべき対象が増えるだけだ。クロエを危険にはさらせない。
きっとクロエは今頃悔しがっているかもしれない。仲間のピンチに動けないのは、とても苦しいのだ。だが、今は耐えてもらうしかない。クロエが耐えきれなくなる前に、全てを終わらせなくてはッ!
「こっちを見ろ! ゴブリンどもッ!」
オレは精いっぱいの大声を張り上げて、少しでもゴブリンの注意を引く。我ながら、慣れないことをしているな。オレは戦闘では役立たずのパーティの荷物持ちでしかない。そんなオレが、多数の野生のゴブリンたち相手に単騎で立ち向かうことになるとは……。
ダンジョンのモンスターと違って、野生の魔物は強さが分からない。オレでは手に負えないような強敵の可能性もある。もしかしたら、オレは犬死かもな。だが、少しでも可能性があるなら、そこに賭けるべきだ。
普段だったら、そんな博打のようなマネをオレはしない。入念に準備したうえで、安全を確保して、その上で負けない戦いをするのがオレだ。
だが、今回はクロエの心が懸かっている。無茶をする理由なんて、それだけで十分だ。
視界の先で、逃げていた背の高い方の少女が転んだのが見えた。最悪だ。
背の低い方の少女が、転んだ少女を守るように手を広げて前に出るが、そんなものはなんの役にも立たないだろう。クソがッ!
少女たちに迫るゴブリンが、剣を振り上げて襲いかかるのが見えた。もう一刻の猶予も無いことは明白だ。
止まってしまった少女たちとオレとの間には、まだ距離がある。その距離は絶望的だ。この距離を埋める手段が……あるッ!
「こっち向けコラッ!」
オレは【収納】のギフトを発動した。右手のすぐ傍に現れる真っ黒な空間。まるでそこだけ抉り取られたかのように、見通せないほど真っ暗な闇が姿を現す。
オレはその真っ黒な空間に右手を差し入れた。右手に返ってくる慣れ親しんだ触り心地に満足し、それを取り出す。
大きい。とても巨大なヘヴィークロスボウだ。ツヤ消しを施された真っ黒な機体。まるで猛獣の咢を思わせる純粋な暴力の化身。これこそがオレの相棒だ。野太いボルトが既に装填され、発射準備を完了している。このバケモノは、自らの力の解放の時を静かに待っているのだ。後はトリガーを引くだけで、暴力が形になる。
先にも嘆いたが、オレは戦闘では役立たずのタダの荷物持ちだ。そんなオレが唯一戦闘に参加できる機会。それが、このヘヴィークロスボウだ。
威力だけを追求したため、連射性も扱いやすさも皆無だが、その威力は高レベルダンジョンでも通用することを既に実証済み。オレのもっとも信頼する武器だ。
「弾けろッ!」
オレは走りながらヘヴィークロスボウを発射する。
ボウンッ!!!
まるで猛獣の唸り声のような重低音を響かせて、ヘヴィークロスボウに装填されたボルトが吐き出される。
パァンッ!!!
それと同時に起こるのは、汚い花火だ。少女たちに向かって錆の浮いた剣を振りかぶっていたゴブリンの頭が、真っ赤な血飛沫を上げて、まるで内側から爆発したかのように弾けていた。
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