第114話 迷宮へ

 騎士団長は約束通りに戻ってきた。

 穏やかな顔で入ってきたところを見るにきちんと別れは済ませたのだろう。


「お待たせした」

「待ってないさ。時間は過ぎてない」


 約束を守り王の代わりに死ぬために戻ってきたこの人を俺は正直斬りたくなくなってきている。

 黒幕の魔族は斬ったしもういいんじゃないかな……


魔族を斬って少し冷静になってしまったようだ。


「クリード……殿」


 どうしようか悩んでいると王が話しかけてきた。

 助命嘆願? それなら条件次第で見逃しても構わない。


「どうかセルゲイの命は勘弁して欲しい。どうにか矛を収めて貰えぬだろうか」


 セルゲイ……騎士団長の名前か。

 一国の王が俺に敬称まで付けて頼むんだから余程大切な部下なんだろうね。


「儂は王だ。王位は息子に譲る。この首で勘弁して貰えぬだろうか?」

「陛下!?」


 会議場がザワつく。

 当然だろう。臣下の命を守るために王が自身の首を差し出すと言うのだから。


 これ困ったな……


「リン、どうしよう」

「アンタね……」


 俺が焦っているのを悟ったのかリンは呆れたようにため息を吐いた。


「これその覚悟や見事、これからも忠義を尽くせとか言ったら誤魔化せないかな?」

「無理でしょ……ここまでやったら何かしらの責任は取らせないと……」


 ですよね。


「そういえば……リンって実家の家宝を使うこと認められてないんだよな? これ王の退位とその家宝を渡せば首はいらないで通らないかな?」

「うーん……どうかな……王家所有なら認められるだろうけど神器はヒメカワ家所有だから難しいかもね」


 ヒソヒソと話している俺とリンを場内にいる人たちは固唾を飲んで見守っている。


「あー……セルゲイ団長は約束を守ったし……国王陛下の覚悟も見事だと思ったし……条件次第では……いいかな?」


 おぉ……とどよめきが走る。


「条件とは?」

「うーん……何かしらの責任は負ってもらわないとだから陛下の退位、それと俺たちが魔王討伐に行くからその全面的な協力」


 王の問いかけに少しだけボカシて答える。

 全面協力、これを認めれば王権でヒメカワ家に神器をリンに渡すよう命令出来ないかなと思ってのことだ。


「残された希望はクリード殿だけだ。全面協力は当然」


 王は鷹揚に頷く。


「なら……ヒメカワ家当主は居る?」

「居るわよ。あれがあたしの父よ」


 リンが指し示した先に居たのは頭の禿げた背の低い男。

 俺が先程場内を見回した時に一番に目を逸らした男だ。


「ヒメカワ家所有の神器をリンに持たせることは可能ですか?」

「神器か……ヒメカワ家所有である以上簡単には頷けぬ」


 これが通れば許すって言えるんだけどな。


「伯爵、どうだね?」

「へ、陛下……我が娘が扱えるのならば……」


 国王の問いかけにヒメカワ家当主は首を縦に振った。

 よし、これで許す口実が出来た。あとはリンが神器を扱えるかだけどそれは別問題だ。


「分かりました。なら国王陛下の退位、全面協力、まずは神器の貸し出し、これで矛を収めます」

「ありがとう」


 王も頷いたので俺も頷いて返す。

 良かった、王太子はちょっと分からないけど王とセルゲイ団長の首は落としたく無かった。


 上手いこと落とし所が見つかって安心した。


「それで……クリード殿、どうされるのかね?」

「まずはここの近くの迷宮を攻略させてもらいます。報告した通り迷宮の最奥には神の造りし大悪魔が存在します。それを倒せば神器級アイテムが手に入りますのでそれを手に入れてから魔王領に乗り込もうかと」


 攻略はしないで欲しいと言われていたが状況は変わった。


「了解した」

「それとこれはお願いですが、退位するとはいえこの状況で退位されると混乱もあるでしょうし王太子殿下より陛下の方が話しやすいので退位はことが済んでからにしてもらえません?」


 正直理由は適当。

 今この時も腰を抜かしてガクブルしている王太子に一切期待できなさそうなのでこのまま陛下に在位してもらっていた方が話が早そうだからこう言っているに過ぎない。


「ふむ、了解した。クリード殿が戻られた暁には退位することを約束しよう」


 正直許すための口実だからね、死ぬまで在位していたとしても別に文句は言わないよ。

 その場合約束を守らない国だとは思うけど。


「じゃあ俺たちはヒメカワ伯爵と共に神器を取りに行きますので……それが終わればそのまま迷宮に向かいます」


 時間が惜しい。

 今までの経験則で迷宮は2日か3日で攻略出来るはず、そこから魔王領まで1日と半分くらいか?


 出来れば魔王が動き始める前に勇者たちを殺したい。

 急がないとな……



「これは……」


 ヒメカワ家に立ち寄り家宝の杖を出してもらいリンが握る。

 その顔は何かしらの手応えを感じたのかな?


「どう?」

「うん……使えそうね。効果は……【魔法最強化】【消費魔力減少(大)】【魔防貫通】ね」


 3つ、どれも有用な効果だな。


「これなら戦力として申し分無いわね」

「そうだな、行こうか……ヒメカワ伯爵、お借りします。お邪魔しました」


 家宝の杖を受け取り屋敷を後にする。


「あ、あぁ、リン、頑張ってきなさい……」

「お父様……行ってきます」


 リンは伯爵に対し深く頭を下げて屋敷を出る。


「さて……ソフィアとアンナとはここで別れようかと思う」

「何故でしょうか?」

「自分たちも行くッスよ!?」


 屋敷を出たところで2人に告げると何故だと声を上げる。


「理由はいくつかあるけど、まずは2人の職業。そもそもウルトから降りないと思うから戦士職は戦う場面すら無いと思うよ」


 2人は痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を顰める。


 そもそも2人は神器も無いし……これから行く迷宮で手に入るかもしれないけど確率は半々、それなら今後に備えて俺とリンに経験値を集めてレベルを上げた方がいい。


 実はここで神器を得られなければリンとも別れるつもりだったのは内緒だ。


「それと聖都の守りだね。多分聖都に居る騎士とか戦士たちの中で2人はダントツにレベルも高いと思う。また魔物が攻めてこないとも限らないから2人には残ってここを守って欲しい」


 サーシャを取り戻しても戻る場所が無くなってたら意味が無いから。


「理由は分かりますが……」

「確かに自分たちじゃ役に立たないかもしれないッスけど……」


 2人の仕事はサーシャの護衛、サーシャが攫われた今救出に向かいたいのは分かるけどね。


「頼むよ」

「分かり……ました。聖女様をお願いします」

「ソフィア……了解したッス……」


 2人から深く頭を下げられる。

 あくまでこれは適材適所だから気にしないで欲しい。


「リン殿、聖女様と……クリード殿を頼みます」

「任せて。サーシャちゃんも助けるしクリードが暴走しないように見張っとくから」


 ソフィアたちと別れ足早にざわめきの残る聖都を抜け出す。

 迷宮の場所は聞いている。聖都から西に向かって徒歩で1日ほどの場所にあるらしい。

 道もあるので迷う心配もない。最速で向かって最速で攻略しようか。

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