第102話 公爵の頼み

「魔王との戦いで【聖女の祈り】を使うと……サーシャが死ぬ?」

「そうだ。だから私はサーシャが王国へ行くと言った時猛反対したよ……しかし『私が行かなければ誰が聖女として勇者様についていくのですか?』と押し切られてしまってね……」


 まぁ想像出来る。

 サーシャは物腰柔らかく微笑みを絶やさないが一度言ったことは曲げないし誰よりも責任感の強い女性だ。


「だが……最初にサーシャからもらった連絡は『断られてしまった』という報告だったんだ。私は安心したよ」

「それは……そうでしょうね」


 我が子が平和のためとはいえ死ぬために旅に出る……

 普通に考えて親として認められるわけがないよな。


「すぐにこっちに戻ってくると思ったさ、しかしサーシャは君と出会ってしまった」

「召喚された勇者の1人である俺と一緒なら帰らなくて済むって言っていましたね……」

「そうだろう。教国に戻れば王国の勇者が失敗した場合今度はサーシャがその命で勇者を召喚することになる。確かに自由に出歩くことは出来なくなる」


 そういうことだったのか……


「親の私が言うのもあれだがサーシャは優秀だ。サーシャが今の勇者と共に行動していれば魔王を倒すことはそう難しくないと思えるほどにね」

「そういえば腕を斬り落とされた時もサーシャが治してくれましたね」

「だろう? 部位欠損の治癒なんて出来る者はそうはいない。サーシャは教国から旅に出る時には既に使えていたがね」


 確か初めて会った時のサーシャのレベルは14くらいだったはず、その時点で部位欠損すら癒せる回復魔法の使い手だったのか……

 しかもこの言い方、聖女なら誰でも出来るってわけでも無さそうだ。


「逆に……王国は何故サーシャの参加を断ったのでしょうか?」


 それだけ力と才能のある聖女を連れて行かない理由が分からない。


「おそらくだが……世界の覇権を狙っているのでは無いだろうか? 王国の勇者と教国の聖女で世界を救った場合手柄は両国にある。だが王国の聖女が召喚した勇者が新たな王国の聖女と共に魔王を討てば功績は全て王国のものとなる」

「そんな……」


 そんな馬鹿な話があるのだろうか?


「信じられないと言った顔だね。しかし権力者と言うのは時に功績のために理に適わない行動を取ることもある」

「それにしても……」


 流石にこれは無くない?


「まぁ……私個人としては構わないのだが……」

「公爵様は親ですからね……」


 娘を死地に送らなくて済んだのだから安心してしまっても仕方ないだろう。


「まぁそのせいで魔王討伐が遅れているということもある、難しいところだ」


 アンドレイさんはハハ……と乾いた笑いを漏らした。


「遅れる?」

「ああ、聖女が力を失う、もしくは亡くなった場合新たに聖女の職を授かる者が現れるまでに半月から数ヶ月の間が空くんだ。現れるまでに時間がかかりかつ現れてからその聖女のレベルも上げなければならない、時間がかかってしまうのも当然だろう」


 なるほど……サーシャが同行するのであればすぐにでも出発出来ただろうに新たな聖女の出現を待っていたから全てが遅れると……

 そうか、そのために勇者を鍛えるとか言って時間を稼いでいたのか。


 サーシャやリンも数週間から数ヶ月は勇者は動かないと言っていた理由もこういうことか……


「当然勇者のレベル上げも必要だから単純な比較は難しいがね……参考までにクリードくんのレベルはどれくらいかな?」

「今は70を超えたくらいですね」


 サーシャの父に隠す必要は無いだろう。


「70!? そんなに高いのかい!?」

「え、えぇ……まぁ……」


 アンドレイさんはあまりの驚きに立ち上がって叫ぶ。


「それは……仮にクリードくんが追放されずサーシャが同行していたとしたら……もしかしたら既に魔王は倒されていたかもしれないね……」


 俺にはウルトが居たからね。

 ウルトが居なかったらここまで上げられなかったけど確かにアンドレイさんの言う通り既に倒せていた可能性はあるよな。


「今の勇者たちのレベルは分かるかい?」

「確か……40前後だとは思いますけど」

「そうか……ならあとは王国の新しい聖女のレベル次第か」


 十分に上がったら魔王討伐の旅に出るんだろう。


「グレートビートル戦にも同行していましたからそれなりのレベルにはなっていると思いますが」

「そうか……ならもう出発していてもおかしくはないな」

「なら早く王国に戻った方がいいのかな……」


 サーシャは勇者のサポートがしたいと言っていたからな。


「コホン、話を戻させてくれ。それでクリードくんは聖女の職は失うことがあるということを知っているかい?」

「いえ……知りません」


 そんな方法があるの?


「平時ならともかく今これをやるとサーシャは後ろ指を差されることになるかもしれない。だが親としてはそれでも構わないと思っている」

「サーシャはその方法を知っているんですか?」

「もちろん知っている。そしてそれはある意味では簡単な方法だ」


 簡単に捨てられる? ならそれを実行してしまえば例え勇者たちが失敗したとしてもサーシャが勇者を召喚することは無くなる?


「それはどういう……」

「簡単なことだ。清らかな乙女でなくなればいい」

「清らかな……」


 乙女? 俺の想像が正しければ……いやでも……


「クリードくん、サーシャを抱く気は無いかね?」

「いや……あの……え?」


「この状況でサーシャが聖女でなくなれば当然糾弾されるだろう。私もタダでは済まないかもしれない。それでも……サーシャが死ぬ可能性は無くしたい」


 アンドレイさんの瞳は嘘偽りのないまっすぐ真剣な瞳だ。

 本気で俺にサーシャを抱けと言っている……


「でも……王国の勇者と聖女が魔王討伐を成功させれば……」

「そうなればなんの問題も無い。しかしそれは希望的観測というものだ。貴族とは常に最悪を想定して動くものなのだよ」

「えぇと……」

「つまりサーシャも最悪を想定しているはずだ。サーシャにとっての最悪、つまり王国の勇者と聖女が失敗した場合のことだろうな。その場合サーシャは自らの命で新たな勇者を召喚して君にもついて行って貰うことを考えているはずだ」


 そのためにも俺が強くなるように仕向けていたと?


「私はそうなって欲しくない。だから例え罵られようとも確実にサーシャが生き残れる手段を取りたいんだ」

「だから俺にサーシャを抱けと……」

「そういうことだ。もし王国の勇者が魔王討伐に成功したとしても君にならサーシャを任せてもいい。だから頼む」


 アンドレイさんは俺に向けて頭を深く下げた。


「い、いや、頭を上げてください!」

「ダメだろうか?」

「そもそもサーシャの気持ちもあるでしょう?」


 俺とアンドレイさんで勝手に決めてサーシャに襲いかかるとか俺には絶対出来ない。


「お義父さんと呼んでくれても構わないよ?」

「なんでだよ!?」


 思わずつっこんでしまった。

 アンドレイさんは……良かった怒ってない。それどころか笑っている。


「やはり君はいい男だと思うよ。まぁ無理にとは言わない、一応心の片隅にでも覚えておいてくれ」

「はぁ……分かりました」

「今日はこれくらいにしておこう。部屋まで案内させよう」


 アンドレイさんがテーブルのベルを鳴らすとメイドが入室してきた。

 俺はそのメイドに案内されて客室に戻る。


 はぁ……俺はどうすればいいんだろうか……

 一番いいのはさっき言った通り王国の勇者がさっさと魔王討伐を果たしてくれることか。

 全力でサポート、というか無理やりでも合流して俺が一緒に魔王と戦うことが一番確実かな?


 その夜は色々なことが頭に浮かんでは消え中々寝付くことが出来なかった。

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