第80話 生存者
沢山のカブトムシを屍に変えながら俺たちは突き進む。
これだけ多いってことは、この周囲の街や村は大変なことになっていそうだ。
「これ減ってるのかしらね?」
「さぁ? でも多分数百は倒したと思うよ?」
俺たちは相変わらずウルトの上から魔法を放ってカブトムシを倒し続けている。
このカブトムシ、幸いなことに2メートルほどの高さまでしか飛び上がれないらしく俺たちは防御を気にすることなく魔法を打ち続けている。
「……」
ケイトはやる気満々で一緒に上がってきたは良いが俺たちが一切敵の攻撃に晒されることがないので無言で【飛翔閃】を連発、たくさんのカブトムシを斬り捨てている。
正面のカブトムシはウルトに激突した瞬間に勝手に破裂するので楽でいい。
俺とリンは左右、ケイトは気の向いた方向に攻撃しながらしばらく進んでいると、遠目に大きな防壁が見えてきた。
「リン、あの壁もしかして?」
「えぇ、おそらくグリエルの防壁だと思うわ」
リンに確認すると間違いないとのこと。
だが近付くにつれ完全にカブトムシに囲まれているのが見えてきてこれはマズいとウルトに速度を上げるよう指示を出す。
今までも結構な速度で走っていたがさらに速度を上げると上に居る俺たちも危険なので中に戻る。
ウルトのフロントガラス越しに大量のカブトムシが弾け飛ぶ姿を見ながら防壁へと近付いていく。
『マスター、私の感知範囲内には人間は居ないようです』
防壁の目の前まで移動してきたが感知範囲内には生存者は居ない……
この一角に居ないだけなのか街に残っていないのか確認する必要があるな。
「門は?」
『街道はあちらですね、移動します』
街道へ向けて移動、ここまで街道を無視して最短距離の草原を駆け抜けてきたので街道までは少しばかり距離があった。
「門が開いてる……」
隙間から街の中を覗くとそこにはたくさんのカブトムシ。
これは街の中に生存者は残ってないかもしれない……
「ウルト、少し後ろの職員と話がしたい」
『かしこまりました、扉を作成します』
ウルトの後方へ移動して今作成された扉を潜り3人のギルド職員に話し掛ける。
「とりあえずグリエルには到着したけど……街の中はカブトムシだらけみたいだ」
「私どもからも少し見えましたが……酷いものです」
代表してメガネの男が返事を返してきた。
多分3人の中でそういう役割的なものがあるんだろう。
「この近辺に拠点になりそうな街か村はあるかな? 最悪王都まで戻る必要もあるかもしれない」
「そうですね……」
男は懐から地図を取りだして広げて俺に見せてくる。
「現在地がこの北門付近です。グリエルの近くで拠点になりそうなのは……」
男は地図の上3点を叩く。
「東の港町ソトル、街道を少し北に移動した街パーペット、王都とここグリエルの間にある流通の要ガーシュのどれかだと思います」
「ふむ……それぞれ距離は?」
「馬車での移動と仮定してソトルまでは2日、パーペットは3日ほど、ガーシュなら1日あれば着けますね」
なるほど……ならば近いところから確認するべきかな?
安全の為なら離れた方が良いだろうけど奪還を狙うなは離れすぎない位置に拠点を作るだろうし……
「分かった。なら一番近いガーシュへ向かってみよう」
メガネの男も頷いたので俺と意見は同じらしい。
そういやこの人の名前なんだっけ? 聞いた記憶無いな……
みんなの所に戻って方針を説明、ウルトは車内で行われることは全て把握しているので当然先程の地図も認識している。
ん? 車内の出来事全て……?
少し気になったがそれは気にしてはいけないことのような気がするのであえて無視、ガーシュへ向けて進路を取った。
「これは」
「なんと惨い……」
今まで最短ルート、街道ではなく草原を突っ切って来たので目撃することは無かったがガーシュへ向けて街道付近を走っているとたくさんの人間の死体が転がっていた。
「ウルト……全て回収しよう」
『かしこまりました』
せめて安らかに……ガーシュで弔うかこのまま【無限積載】の中でしばらく我慢してもらってグリエル奪還後にグリエルで弔うか……
それは生き残りがガーシュに居たら相談してみないとな……
それから俺たちはもう一度屋根に上がり遺体を回収しながらカブトムシの間引きを再開した。
「ふぅ……」
今は遺体の回収を主目的としているため進みはそこまで早くは無い。
俺たちに出来るのは屋根の上からの一方的な魔法攻撃、そう思い攻撃を続けてきたがそろそろ魔力が少なくなってきた。
リンの方を見ればずっと同じペースで魔法を使い続けている。
やっぱりリンの魔力量はすごいな……
「クリードくん! あれ!」
ケイトが指差す方向に目をやると小さな街、いや村が遠目に見えた。
「ウルト、あっちに!」
『かしこまりました』
もしかしたら生存者が居るかもしれない、そんな淡い期待を持って村に近付くが、近付くにつれてその期待は打ち砕かれた。
「これは……」
近付いて見えたのは穴だらけの木でできた壁、所々崩壊しており村の中の様子が見える。
そこから見えたのは多数のカブトムシ、それに村人の遺体だった。
「クリードくん、どうする?」
「中に入ろう。ウルト、入れるか?」
『問題ありません』
村の入り口を探しそこから中へ。
そこまで大きな村では無いので遺体を回収しているうちに全域が感知範囲内に入るだろう。
『マスター、生存者の反応を確認、数は2です』
車内に響いたウルトのアナウンスに全員が一斉に顔を上げた。
「どこだ!?」
『このまま進んだ先、おそらく村の中心です』
「急げ!」
急いで村の中心へ移動、そこには他の家よりも一回りは大きい家があった。
『この中です。反応は地下、反応が小さく薄いので子供、それもかなり衰弱していると思われます』
「横付けしろ! 俺が行く!」
『中にも魔物の反応があります。お気をつけて』
ウルトから飛び降りて扉へ向かう。
その時横からカブトムシがその角を俺に向けて突っ込んできた。
「させないッスよ!」
俺のすぐあとに飛び降りたアンナが盾で防ぐ。
金属同士がぶつかるような甲高い音を響かせてアンナはカブトムシの突撃を跳ね返した、
「クリードくん!」
今度は反対側からのカブトムシの強襲、こっちはケイトがその剣でカブトムシを真っ二つにすることで俺を守ってくれた。
「ここは任せて!」
「ありがとう!」
2人に礼を言って扉を開いて中に飛び込んだ。
入ってすぐの部屋には数匹のカブトムシと……奥に続く扉の前に男性の遺体……
肉を齧っているのか血を舐めているのかは分からないが男性の遺体にカブトムシがしがみついていた。
「クソっ」
遺体に集っているカブトムシを全て斬り捨てて男性の遺体を【無限積載】に積み込む。
それから部屋にいるカブトムシを全て倒してから扉を開いた。
奥の部屋にもカブトムシが数匹、おそらく窓を突き破って入ってきたのだろう。
部屋の隅には血まみれの女性が倒れている。
その背後にはソファやテーブルで塞がれた扉、恐らくあれが地下室の入口だろう。
「ふっ!」
カブトムシを全て始末して女性に対し一瞬だけ黙祷を捧げて【無限積載】へ。
扉を塞いでいる家具も1つ1つ退ける時間も惜しいのでそれも【無限積載】を使って積み込んで道を開ける。
「だれ?」
扉を開くとすぐに階段、下りきるとまた扉があったのでそれを開くと部屋の中から小さな声が聞こえてきた。
「助けに来たよ」
マジックアイテムなのかどうなのかは分からないが天井から吊るされた薄暗い明かりを頼りに部屋に入る。
どうやら食料庫のようでここの食料で今まで食いつないだのだろう。
「ありがとう……
」
部屋の隅で震えていた子供2人を発見、見た感じ7、8歳くらいの女の子と3歳前後に見える男の子だ。
震えながらもきちんとお礼を言えた女の子は大したものだと思う。
俺は【無限積載】の能力を使って鎧の下の作業着だけを積み込んでから取り出して作業着で2人を包んで抱き上げた。
「ちょっと狭いけど我慢してね、行くよ!」
部屋を出る前に食料庫の中の備蓄も回収、避難所があれば食料が不足する可能性もあるのであるものは持っていく。
それから左腕だけで子供2人を支えて地下室から飛び出す。
もちろん扉を開く前に【気配察知】とウルトからの通信で部屋にカブトムシが居ないことは確認済みだ。
そのまま部屋を駆け抜けて玄関を蹴破り外へ、俺が飛び出すと同時にウルトがドアを開けてくれたのでそのまま飛び込んだ。
「ふぅ……」
「クリード様、お怪我は?」
「俺は大丈夫、子供たちを診てやってくれないかな」
作業着のチャックを下ろして2人を解放、サーシャに預ける。
「ウルト、遺体の回収は申し訳ないけど後日に回す。最速でガーシュに向かってくれ」
『かしこまりました』
まずは子供たちを安心出来る場所まで連れて行かないといけない。
ウルトの中に入れば安全だがカブトムシが跋扈する場所にいては安心出来ないだろう。
『到着しました』
「……え?」
俺が指示を出してから30分ほどで俺たちはガーシュへと到着してしまった。
一体何キロ出ていたのだろう?
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