第122話

 そして、佳奈とやりとりをし、互いに都合の合う日を決めて。


 理久は彩花にも内緒で、佳奈に会うために近くのファミレスに向かった。


 佳奈は先についていたらしい。


 理久が入店すると、すぐさま制服姿の佳奈と目が合った。


 彼女が座るテーブルに近付いていく。



 理久が冗談半分で危惧していたような、男の人がいたわけではないが。


 代わりに、予想外の人物が佳奈の向かいに座っていた。



「あれ? るかちゃん? るかちゃんも呼ばれたの?」


「お~っす」



 手をひらひらさせながら応じるのは、るかだ。


 どうやら彼女たちは理久よりも随分早く、この席に座っていたらしい。


 佳奈の前には勉強道具が広げられ、ジュースが半分以上減ったコップがそばにあった。


 佳奈は理久とるかを交互に見てから、そっけなく口を開く。



「どうも、小山内さん。るかさんのことは気にしないでください。わたしも受験生なので、理由なく外出するのは抵抗があるので。勉強を教えてもらう、っていう建前で、るかさんには来てもらってます」


「なる、ほど……?」



 わかりそうで微妙にわからない理屈。


 あくまで自分の心持ちの問題なら、わざわざるかを呼び出さずに勉強して待っていればいいような気はするが。


 でもなんというか、変に生真面目で不器用なところは、佳奈っぽくはある。


 すると、るかは破顔しながら、手をパタパタとさせた。



「いや、そうなんだよ、理久。佳奈ちゃんったら、わたしのこと建前に使っててさぁ。ちょっと扱い雑過ぎでしょ~、って怒ってたところ」



 そんなことを、めちゃくちゃヘラヘラしながら言うるか。


 喜びすぎだろ。


 怒っているどころか、ひたすらに嬉しそうだ。


 いやまぁ、るかからすれば、建前だろうがなんだろうが、好きな人と過ごせるんだから嬉しかったんだろうけど……。



 佳奈はそんなるかをそっと見て、ぼそりと言う。



「るかさん、雑に扱われるほうがなぜか喜ぶよね」



 それは疑問というよりは、単なる独り言のようだったが。


 るかにはバッチリ刺さってしまった。


 カチンと固まり、恥ずかしそうにそっと視線を逸らす。


 佳奈から表情を隠すようにしながら、己のポニーテールを撫でていた。



 理久は心の中で、「バレてるじゃん」と呟いてしまう。


 年下に雑に扱われたい、っていう性癖が出ているんだよな~……。


 とはいえ、さすがにそれがイコール自分のことが好き、とまでは発展しないようで、佳奈は気を取り直したように理久に目を向けた。



「小山内さん。今日はちょっとお話ししたいことがあるんです」


「うん。聞くよ」



 照れて黙り込んだるかの隣に、理久は座る。


 特に世間話もするつもりはないようで、佳奈は早速「彩花のことです」と続けた。


 だろうな、とは思う。


 それ以外で、佳奈が理久をわざわざ呼び出すとも思えない。


 元々言うことは決めてあったのか、佳奈は伏し目がちになりながら、淡々と言葉を並べていった。



「前にふたりには話しましたが、わたしはもう殊更に彩花と後藤くんをくっつけようとは思いません。そうする必要も、焦る理由もなくなったからです。わたしは後藤くんの友人でもあるので、彼が頼むのであれば、手助けはするかもしれませんが……、一番は彩花ですから。彩花にとって一番いい状況になってほしい、とわたしは考えています」



 佳奈は理久にちゃんと謝罪しているし、後藤への過度な肩入れはもうやめる、という話は既に聞いている。


 それであの話はもう終わりだと思っていたので、改めて掘り起こされるのは意外だった。


 というより、思わず怪訝な顔になってしまう。


 どうしても不穏なものを感じ取ってしまうからだ。



 それに気付いているのかいないのか、佳奈は理久の目を見る。


 ゆっくりと気持ちを伝えた。



「ふたりを無理やりくっつけようとして、随分なことをしました。小山内さんにも迷惑を掛けました。小山内さんは彩花を立ち直らせてくれたのに、申し訳ないと思っているんです。でも同時に、わたしは後藤くんの友人でもあります。だからわたしは、一度だけ、一度だけは小山内さんに伝えようと思いました」



 ……話の筋が読めない。


 佳奈の中では、いろいろと繋がっていることなんだろうけれど。


 理久はとにかく彼女の話に耳を傾けていると、突如、特大の爆弾が落とされる。



「後藤くん、彩花にもう一度告白したみたいです。自分と付き合ってほしいと。返事は、受験が終わってからでいいからって」



 ぐにゃり、と視界が歪んだ気がした。


 佳奈の前でなければ、その場で頭を抱えていただろう。


 恐れていたことが、ついに起きてしまったのだ。



 彩花が告白されること自体に、それほど驚く要素はない。


 あれほど美人で、性格もよければ、そりゃ男子の憧れは集めるだろう。


 その結果、告白に至っても何ら不思議ではない。



 彩花は「恋愛があまりわからない」と口にしていた。


 だから現状、同じ中学校の生徒に告白されたところで、それを受けようとは思えなかった。


 ただ、後藤だけは別だ。


 その理由の一端を、佳奈は口にする。



「後藤くんは彩花が受け入れる可能性のある、数少ない男子だと思います。それはわたしが、後藤くんを強く推したことと無関係だとは言えない。そして、彩花は断るつもりならば、すぐにでも断ります。でも今回は保留している。わたしは、彩花は迷っていると考えています」



 そのとおりだろう。


 佳奈が後藤を彩花とくっつけるため、強く推薦したのがここで効いている。


 理久から見ても後藤は不器用だが良い人に見えるし、きっと恋人になれば彩花を全力で守ってくれる。


 彩花自身も、そうかもしれない、と感じているのだろう。


「恋愛で、両想いから恋人に発展するのは稀」「付き合ってから好きになることは珍しくない」と佳奈が刷り込んだとおり、彩花の恋愛観も動かしていた。



 そして、何より。


 後藤は――、彩花の秘密を知った、数少ない人物なのだ。


 再婚相手の連れ子である理久の存在で、彩花は「これから先、きっとまともな恋愛はできないのだろう」と諦めている。


 その諦観に染まった横顔を、理久は文化祭の帰りに見てしまっている。



 けれど、後藤はそれを乗り越え、「それでもいい」と彩花に手を差し出した。


 佳奈の強引な推薦もなく、自分の事情を知ったうえで、後藤は再び真っ向から好きだと伝えている。


 返事は受験が終わってからでいい、と告げて。



 彩花は、考えたのではないだろうか。


 こんな人、これから先に現れるのだろうか、と。

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