第108話
本屋に入ると、三人は早速参考書の棚に向かった。
理久とるかはのんびり適当な棚を見て回る。
何か欲しい本があったら買って行ってもいいし、彩花にオススメの小説を教えてもらってもいいかもしれない。
彩花たちは、何やら三人で参考書についてあーだこーだで意見を交わしていた。
それを何とはなしに見ていると、佳奈がちらちらとこちらを見ていることに気付く。
気まずそうに、ぎこちなく、何度も。
「……………………?」
どうも、佳奈の様子がさっきから変だ。
それは、理久の隣にいるるかにも同じことが言える。
るかは佳奈を見て意味深な表情を浮かべ、佳奈がそっと目を逸らす、というのを繰り返していた。
佳奈が目を逸らすたびに、胸がきゅんとしているのか、いちいち悩ましいため息まで吐いている。
そんなるかの腕に、理久が触れる。
「るかちゃん。佳奈ちゃんから、やけに視線を感じるんだけど。なんだと思う?」
「なんだろうね、かわいいね」
「るかちゃん、何か知ってるんでしょ?」
「なんだろうね、かわいいね」
「……るかちゃん?」
「んん、ごめん。それは本人から聞いて。わたしから言えることは、やっぱりわたしはあの子のことが好きだってことかな」
だらしない笑顔でへへ、とるかは笑っている。
その幸せそうな笑顔があまりにも光っているからか、すれ違った男性が「すごい美人がいるな……」という顔で振り返っていた。
まぁ恋は女を綺麗に見せる、とは言うけれど、こういうときのるかは本当にピカピカしている。
佳奈に直接聞け、と言われても、彼女は彼女で言い辛そうにしているのだけれど。
仕方なくひとりで本を見て回っていると、「お、小山内さん!」と声を掛けられる。
振り返ると、やけに緊張した面持ちの佳奈が立っていた。
彼女は持ち上げた手をきゅっと握り、視線をうろうろさせている。
以前、「今まですみませんでした。でもわたしは、あなたを信用していません」と頭を下げられたときと光景が被る。
しかし、あのときの事務的な態度と違い、今はどこかおどおどしていた。
以前はすんなりと口を開いていたのに、今回は意を決したように理久を見る。
それなのに、語気は弱かった。
「あの……、小山内さん。後藤くんと彩花のことなんですけど……」
それにはドキリとしてしまう。
なんだ。
今度は何を仕掛けてくるんだ。
警戒していると、その態度が彼女を傷付けてしまったらしい。
しゅんとして、弱々しく口を開いた。
「わたしは……、後藤くんと彩花には、いっしょになってほしいと思っていたんです。後藤くんが恋人になって、彩花を守ってくれれば、って……。でも、それは単なる押し付けで、自分勝手な行動でしかない、ってことがわかって……。だからもう、今までみたいなことはやめようと思います……。いろいろとご迷惑を掛けました……」
ぺこり、と佳奈は頭を下げる。
そのしおらしい態度、肩を落とした姿、今までの言葉を完全に撤回する彼女に、正直困惑する。
これは本当に、あの佳奈なのだろうか。
文化祭から始まり、今まで散々暴走してきたっていうのに。
いやもちろん、佳奈がわかってくれたのなら嬉しい。
嬉しいのだが……、ここまで豹変されると、素直に信じられないのも確かだった。
「ええと……、それは、いいことだと思うけど。どうして?」
シンプルな疑問をぶつけると、佳奈は頬を赤くして視線を外す。
気まずそうにしながら、「るかさんが……」と静かに言葉を続けた。
「るかさんに、叱られたんです……。わたしがやってる行為は独りよがりだ、って。今までも、わたしの行動に苦言を呈す人はいました。でも、あんなふうにまっすぐ、ちゃんと怒ってくれた人って、初めてで……。だから、だからちゃんと考えてみたら……、わたしが……、間違ってるなって……。そう自覚できて……」
なるほど。
学級委員長然とした佳奈は、今までも何度か独善的な行動をしてきたのだろう。それは容易に想像できる。
彩花も、何度か男子とぶつかっていた、と口にしていた。
佳奈の行動が正しいときもあれば、間違っていることもある。
男子が、「うっせえなあ!」と乱暴に反論することはあれど、「それは間違っているよ」と諭してくれる人はいなかったのだろう。
そういうのって、言いづらいし。
それは間違っている、と断言できるほど視野が広い人は少ないし、その言葉に責任を持って注意できる人はもっと少ない。
理久にも彩花にも後藤にも、多分できなかったと思う。
一目置いているるかだからこそ、佳奈に響いたのかもしれない。
「もし彩花が後藤くんと結ばれたいなら協力しますけど、そうでないならもうしません。大事なのは、彩花の気持ち。そんなこともわたしは見えていませんでした……」
反省するように、佳奈は肩を落としてしまう。
いや、佳奈がわかってくれたのは嬉しい。
今までの暴走を反省し、やめてくれるのであれば、理久はぐっと気持ちが楽になる。
だが、疑問はあった。
「……でも、後藤くん。今日誘われてるよね?」
いるのだ、彼は。
だからこそ、理久は「また佳奈が何か仕掛けようとしてるな……」と警戒していた。
しかし、理久の問いに、佳奈は慌てたように答える。
「だ、だってっ。この前は五人で集まったのに、今回は後藤くんだけ抜きだなんて。そんなの仲間外れみたいで、可哀想だし……」
……と、いうことらしい。
その答えには思わず笑ってしまい、佳奈は不本意そうにしていた。
律儀だなあ。
なんというか、彼女も根は善人なんだろう。
空回りしていただけで。
お節介なだけで。
不器用なだけで。
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