第106話

 そして、ある日の土曜日。


 理久と彩花は、ふたり揃って家を出た。


 曇り空なうえに、まだ午前中のために気温はかなり低い。


 隣り合って歩きながら、彩花はこちらに顔を向けてきた。



「寒くなってきましたね」


「そうだね」



 今は十一月の中旬。


 気温はどんどん下がるばかりで、身体を震わせることも多くなった。


 今日の彩花は、タートルネックニットにロングスカートを合わせている。


 長い髪も今日は後ろでまとめていた。


 休日らしいかわいい服装に、ほっこりしてしまう。


 もう少し気温が下がってきたら、きっとコートの出番だろう。


 それは見てみたいが、これ以上寒くなるのは辛い。



「彩花さん、中学校って自転車で行ってるじゃないですか。寒くないんですか?」


「走ってると案外平気ですよ。風は冷たいですけど」


「元気だなあ。俺、寒いの本当苦手で。起きられなくなります」


「わかります。布団から出られないですよね。ずっと布団の中で生活したいです」



 こくこく、と頷きながら大真面目に言う彩花に、思わず笑ってしまう。


 彩花は見た目が清楚だし、性格も真面目でいい子だが、存外家ではだらしないところもある。


 家から出ないときは、一日中パジャマ姿とか。(これがまたかわいい)


 自室は不可侵領域になっているのでわからないが、本当に布団から出ずにダラダラしているのかもしれない。



 そんな雑談を交わしながら、歩いてショッピングモールに向かう。


 徒歩で行ける距離に大型のショッピングモールがあり、買い物がしたいならそこで大抵は事済む場所である。


 休日らしくお客さんの数は多かったが、待ち合わせていた人物はすぐに見つかった。


 入り口近くにある大きな木の下に、三人が集まっている。


 るか、佳奈、後藤の三人だ。


 理久たちが最後だったらしい。



 その姿を見た瞬間、理久は緊張してしまう。


 何せ、後藤と会うのは以前、公園で怒鳴り合った以来。


 佳奈とるかも、話し合いをしたあの日以来の再会だそうだ。


 緊張もするというものだった。


 事情を知らない彩花だけが、やわらかく笑いながら手を振っている。



 今日のるかはデコルテがよく見えるVネックの白いセーターに、薄手の黒いモコモココートを羽織っている。でも生足はきっちり見せていて、厚底のブーツを履いていた。周りのお客さんが、ちらちらと彼女に目を向けているのがわかる。


 佳奈はブラウンのフリースに大きめのパンツを穿いている。リュックサックを背負っていて、そこから何かのマスコットキャラがぶら下がっていた。頭にはニット帽をかぶっているが、ポンポンが付いているせいか子供っぽく見えた。


 後藤は薄手のダウンジャケットを着て、下は黒いパンツ。手持無沙汰なのか、ポケットに手を突っ込んだまま落ち着きがなさそうにしている。



「……?」



 しかし、そこで不自然な光景が目に映った。


 るかと佳奈だ。


 先日、るかは佳奈に嫌われたであろうことを嘆き、号泣し、うぉんうぉんと失恋の痛みを理久にぶつけていた。


 実際、彼女がしたことは関係を完全に崩壊させてもおかしくない行為。


 だからこそ、この集まりは不可解で、よりややこしい集まりになるのでは、と危惧していたのだ。


 


 けれど、今、るかがだらしなく佳奈に笑みを見せている。


 緩み切っていた。


 一方、佳奈は嫌そうに、そして若干恥ずかしそうにるかの視線を躱している。


 なんだ……?


 戸惑っていると、テンションの高いるかが声を上げた。



「お、来たね。理久と彩花ちゃん。それじゃ、行こっか。今日は買い物して、お昼ご飯食べてかいさーん、って感じだったよね、佳奈ちゃん」


「はあ……。まぁ、そうです」



 ぼそぼそと佳奈が答える。


 その間も、なぜか佳奈はちらちらと理久を見ていた。 


 今日は、少しだけぶらついて、ご飯を食べて解散するだけのちょっとした集まりだ。


 しっかりと受験が近付いて来たこともあり、あまり遊んではいられない。


 今日も最初は本屋に向かって、参考書を探す予定だった。


 だれともなく歩き出し、当初の予定どおりに本屋に向かおうとしたのだが。


 なにやら、理久の後ろでるかと佳奈が話をしている。



「ほら、佳奈ちゃん。言わなくていいの? せっかく理久が来たわけだし。最初に言っておいたほうが楽だと思うけどな」


「わ、わかってますよっ。わかってるから、そんなに急かさないでっ。……小山内さん」



 佳奈に話しかけられて振り返ると、彼女は言い辛そうに手をまごまごと絡めていた。


 視線もふらふらと地面に向かっていて、目が合わない。



「どうしたの、佳奈ちゃん」



 問いかけると、落ち着きなく動いていた視線が、一瞬こちらを見る。


 口を「あ」という形にしたかと思うと、おずおずと閉じられてしまう。


 彼女は恥ずかしそうに、ニット帽を深くかぶり直してしまった。



「な、なんでもないです……」



 そう言って、パタパタと理久を追い抜かしてしまう。


 前を歩いていた彩花に合流してしまった。


 その背中を見送って首を傾げ、るかに問いかける。


 さっきからずっと、わからない状況が続いていた。



「……どうしたの、佳奈ちゃん。るかちゃんも。何があったの?」


「んふ。んふふ、まぁそれは本人の口から聞いてあげて。はぁ、かわいいなあ、佳奈ちゃん……」



 るかは嬉しそうに口元を隠して笑っていたが、すぐに佳奈のもとに寄って行ってしまった。


 どうやら、説明はしてくれないらしい。


 まぁでも、どうやらふたりの関係は修復、されたのだろうか?


 だったら喜ばしいことだけれど。


 しかし、問題は理久側にも残っていた。

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