第100話

 時間は、少し遡る。


 望月るかは、小山内理久の幼馴染だ。


 昔からの付き合いで、幼馴染で、女友達で、姉弟のような関係。


 物心ついたときからいっしょにいるし、過ごす時間も長かったので、下手な親戚よりも家族っぽいだろう。



 そう。友人というより、家族と言ったほうがしっくりくる関係だった。


 けれどあくまで、家族のような他人ではある。


 それとは逆で、理久には最近、他人のような家族ができた。


 るかと違い、本物の兄妹ができたのだ。


 本物、と言っても、戸籍上のだが。



 その子は、るかの前を歩いている。


 羨ましくなるくらい、綺麗で長い髪を揺らしていた。


 秋らしい爽やかな服装がとても似合っていて、スタイルも良い。


 だれもがはっとするような美人で、彼女の顔の造詣はるかも好きだ。


 あまりにも綺麗なうえに、同性同士の気安さでついじろじろ見てしまい、「なんですか、るかさん」と恥ずかしそうにされることもよくある。かわいい。顔も好き。



 そして、今時、びっくりするくらいのいい子。


 可愛がりたくなるような、可愛げのある子だ。


 るかの好みからは若干外れているので恋愛対象ではないが、友人としては大好きだし、第一印象から惹かれていた。


 それと同時に、「あぁ、こりゃ理久が惚れちゃうのも仕方ねーや」と思うほど、魅力的な女の子である。


 昔から思っていることだけれど、理久と好みが被らなかったのは幸運だと思う。純粋に応援できるし。


 そして彼女は、るかに新しい恋を運んできた。



 るかの本命は、彩花の隣を歩く少女。


 彩花の友人である、宮沢佳奈だった。 


 彼女はるかよりも頭ひとつ分くらい小さい身長で、まっすぐな目で彩花を見ている。


 肩に届く程度の髪、猫のような切れ長の瞳。顔立ちは彩花と比べると、かなり幼め。


 服装は長袖のTシャツにオーバーオールというかなり子供っぽい格好だが、中学三年生ならこんなものかもしれない。


 何を着ても大人びる彩花がちょっと特別なだけで。


 でもその子供っぽい格好が、やけに似合っていてとてもかわいい。


 かわいい。


 隣にいるだけで、顔がふにゃふにゃしてきそうになる。



 彼女こそがるかの想い人であった。


 そんな彼女が隣におり、いい子なうえに自分に懐いてくれる彩花もいっしょにいる。


 この三人で出掛けているのだから、心が弾んでもおかしくないのだが。


 るかの心は完全に曇り空だった。



「ねぇ、佳奈……。なんで、わざわざ三人でコンビニに?」



 彩花が佳奈にそう問いかける。


 表情は不安そうで、不可解そうだった。


 これはきっと、佳奈には何か思惑があるんだろうなあと、薄々気付いている。



「いいじゃない。女子だけでしか話せないこともあるし」



 佳奈はしれっと答える。


 これ以上突っ込まれたくないのか、「ねぇるかさん」と佳奈がこちらを見た。


「あー、うん、そうね」とるかは微妙な返事しかできない。


 心配が勝って、受け答えも上の空だ。


 だって、小山内家には今、理久と後藤のふたりきり。


 恋敵がともにいるのだから。



 この日は、小山内家で勉強会をしていた。


 るか、理久、佳奈、彩花、後藤の五人での勉強会である。


 佳奈が後藤を呼んでいる時点で、もういろんな思惑の香りがぷんぷんである。


 そして今は、佳奈の「ちょっとコンビニに行くから、ふたりとも付き合って」という怪しすぎる提案により、女子三人でコンビニに向かっている。


 こんな露骨なことでもついやってしまう、佳奈の向こう見ずなところが眩しく、そこに惹かれている部分はあるのだが、暗い気持ちにはなる。


 いっしょに出てきたはいいけど、どうしたもんかな、と頭を悩ませていた。



「るかさん。ちょっといい?」



 すぐ隣に佳奈がいて、どきりとする。 


 彩花をちらちら警戒しながら、こちらに身体をくっつけていた。


 内緒話をしたいのか、顔が近い。


 うぅん、やっぱりかわいい。やっぱ好きなんだよなぁ~……。



「なに?」



 るかは平静を装って返事をする。


 すると佳奈は、さらりとこう言ってきた。



「協力してもらえませんか」


「なにを?」



 しらばっくれる。


 見当なんて思い切りついているが、このままはぐらかせないかなあ、と心の片隅で考えていた。


 まぁ無理なんだけど。


 察しの悪いるかに若干の苛立ちを見せて、佳奈は早口でまくしたてる。



「わかるでしょう? 彩花と後藤くんのことです。わたしは、ふたりにいっしょになってほしいの。あのふたり、良い感じだと思わないですか? 後藤くんは彩花を大切にするでしょうし、彩花も後藤くんのことを悪くは思ってないです。きっと、いい恋人同士になる」



 彼女が面白半分で行っているのなら、お節介なことはやめなよ、と注意していたかもしれない。


 しかし、『後藤の友人』としての行動なら、批難されるものではなかった。後藤からも、とても感謝されているだろう。


 こういうことはよくある話だ。


 恋愛で両想いなんてそうはなく、大抵は片方の一方的な恋慕から始まるもの。あとはいかにアプローチするかで、その先が決まってくる。


 そういう意味では、彩花はまるきり脈なしというわけではないし、後藤も悪い人間ではない。


 佳奈が後藤に協力するのは、それほどおかしなことではなかった。



 遊び半分で「わたし、よく恋のキューピッドやってるの~」と人をくっつけたがる奴もいるが、そういう人たちとは全く違う。


 そもそも、その佳奈とのキューピッドを彩花に頼んでいる時点で、るかには何も批判できない。


 


 佳奈、彩花、後藤だけの関係ならば、きっと全く問題はない。


 ただ。


 そこに、小山内理久の視点が入るから、ややこしくなるのだ。


 どうあってもるかは理久の身内だから、そっちに肩入れしたくなる。


 それゆえに、どうしても佳奈には協力できず、かといって強く否定もできず、どっちつかずな態度になってしまう。



「ううん。でもそれはさぁ、彩花ちゃんが決めることじゃないかなぁ。当人同士の問題だから、あんまり首を突っ込まなくてもいいんじゃない?」



 るかはやんわりと逃れようとする。傍観者になろうとした。


 すると、佳奈は明らかにむっとした表情を作る。(かわいい)


 すぐに、るかから彩花に視線を移した。



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