第70話

 ドクドクと心臓が早くなり、もはや気持ち悪くなりながら、彼女の動向を窺っていると。



「…………?」



 扉の向こうから、人の気配は感じる。 


 しかし、それがゆっくりと離れていった。


 そろり、そろり、とわずかな足音が聞こえてくる。



「………………?」



 いや、何をしていたんだろう。


 確かに彼女は部屋の外にいたようだが、何をするわけでもなく離れていった。


 用があるのは、理久の部屋ではなかったようだ。


 どうやら、理久が想像していたことにはならないらしい。



「……いや、アホなのか俺は……。当たり前だろ……」



 その場で頭を抱える。


 あり得ないだろ。アホなんだろうか。


 自分で自分が気持ち悪すぎる。


 決して人には聞かせられない妄想をしていた事実に、ひとり打ちのめされた。気持ち悪すぎるだろ。彩花にも申し訳ない。ひどすぎる。切腹したい。死んで詫びたい。


 とりあえず、自分の頬を何度かはたいておく。



 痛みと恥ずかしさで顔から火が出そうにはなったが、それでも彼女の動向は気になった。


 あの不審な動きは何だったんだろう。


 その答えは、数分後に足音とともに帰ってきた。



「もう……。ひとりで眠れないなんて……、子供じゃ……」


「お母さんは……、ズルい……、慎二さんと同じ部屋なん……」


「はいはい……、わかったから……」



 二人分の足音が近付いてきたかと思うと、こそこそとした話し声とともに部屋の扉が閉まった。


 あの声は香澄だ。


 彼女の声が聞こえて、あぁと理解する。



 どうやら、彩花がひとりでは眠れず、寝室から香澄を連れ出して自分の部屋に引っ張ってきたらしい。


 理久の妄想も、途中までは合っていたようだ。


 結果があまりにも違いすぎるだけで。


 ならば、部屋の前で立ち止まっていたのは、暗い廊下に怯んでいたのだろう。



 なるほど、と納得しつつ、理久は布団を頭からかぶった。


 そのまま悶える。


 自分のあり得ない、そして気持ち悪い妄想があまりにも恥ずかしい。


 彼女たちとは別の意味で、眠れそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る