第24話
「……何か、訳があるってこと?」
「……うん、そうなんだ。ちょっと長くなるけれど、聴いてくれるかい――」
父から再婚話を持ち掛けられたときの話だ。
相手には中学生の連れ子がおり、そのことを含めて散々苦言を呈したあと。
父の態度に、「どうやらこれは単純な話ではないらしい」と察した理久は、父に問いかけた。
そして、父は答える。
なぜ、父が再婚する、という考えに至ったのか。
この再婚話がどういったものなのか。
おほん、と咳払いをしてから、彼は話し始める。
「父さんが再婚したいと思った相手は、香澄――、三枝香澄さん、という女性だ。香澄と父さんは子供の頃からの付き合いでな。いわゆる幼馴染というやつだ。まぁ、理久とるかちゃんみたいな関係だよ」
「本当の兄妹みたいな間柄ってこと?」
わかりやすい例題をくれる。
理久が幼馴染の姿を思い浮かべていると、父は深く頷いた。
「まさに。父さんにとって、香澄は大事な妹みたいな子だったよ。まぁ理久とるかちゃんなら兄妹じゃなくて姉弟だから、そこだけは違うけど」
「今そこよくない? 兄妹って言ってんだから」
「いやまぁ、そうだな……」
どうでもいい脱線を指摘すると、父は眼鏡の位置を直す。
腕組みをして、遠くを見つめながら話を進めた。
「妹みたいな子だったから、彼女が結婚するって聞いたときは嬉しかった。しかも相手は、IT企業の社長っていうんだから。すごい人を射止めたなあ、と喜んだもんだよ」
昔を懐かしむように父は言う。
『再婚したい』という割には、昔好きだった、という関係でもないらしい。
理久とるかのような関係、というのは思った以上にハマっているのだろう。
父にとって、その人は家族同然なのだ。
父がその女性のことを語っていると、理久に向けるようなやさしげな表情に変わっていく。
しかし、そこで彼の顔が急に暗くなった。
「ただな。この不況だろう。結婚して十年目ぐらいまでは、会社も順調だったらしい。それが、この数年で一気に傾いてな……。香澄の旦那さんもそれはもう必死で喰らいついたんだけど……。倒産、してしまってな」
「………………」
会社の倒産。
理久には社長の気持ちなんてわからないし、生活だって想像できない。
けれど、会社のトップに立っていた人が会社ともども崩れ落ち、地面に叩きつけられる様は、その高低差に怖気が走る。
その崩壊に家族までもが巻き込まれる。
想像するだけで、理久も暗澹たる思いを抱いた。
さらにおそろしいのは、会社が倒産してもそこで「はい終わり」で済まないところだ。
社員と違って、社長はそれから先も苦難が続くと父は話す。
「旦那さんは、会社を立て直すために結構な額を銀行から借りていてな。本来、社長と会社は別物であって、会社の借金を社長が返す義務はない。ただ、中小ではよくあることらしいが、旦那さんは借金の連帯保証人になっていてな……。その借金を旦那さんが、丸々ひっかぶることになったんだ」
「えぇ……」
会社の借金。
それは理久が想像するよりも、大きな大きな額だろう。
会社としていろんなものを動かすために使われた、現実感のない金額。
それが個人の借金としてのしかかってしまう。
返す義務が生じる。
「そんなの、返せるわけじゃないか」と自暴自棄になりそうだ。
しかも、その旦那さんは職を失ったばかりというのに。
「それ、どうしたの……?」
「とりあえず、返せるだけ返したそうだ。私財……、家とか車とか全部手放して、貯金もひっくり返して。まぁ、自己破産はするつもりだったと思うんだけど。その辺りは、僕も詳しく聞いてないからわからない。でも、財産を処分する前に一度、香澄は離婚を切り出されたんだって」
「え、旦那さんのほうから?」
その言葉には首を傾げる。
逆だったらまだわかるけれど、なぜ旦那さんのほうから言い出すのか。
その疑問に、父は答えてくれる。
「借金を背負って自分は離れるから、ふたりだけでも幸せに暮らしてくれってことだよ。私財を処分する前に離婚すれば、香澄たちには財産を残せるかもしれないし……、この辺は僕も詳しくないけど」
あぁなるほど、と思う。
自分は助からないにしても、娘たちには遠ざかる選択肢を与えた。
そうすれば、少なくとも彼女たちだけは穏やかに暮らしていける。
愛がなくなったわけではなく、愛があるからこその提案だったようだ。
父はふぅと息を吐いて、彼女たちがどういった選択を取ったかを口にする。
「でも、香澄はそれを呑まなかった。『今まで散々お世話になっておいて、苦しくなったら離れるだなんて、そんな不義理をわたしがすると思う? これからはわたしが支えるわ』って。もちろん、その前に子供ともきちんと相談をしたそうだが、子供も旦那さんといることを望んだらしい。香澄は本当に、愛のある家庭を育んでいたってことだよ」
そこでなぜ父が誇らしげにするかはわからないが、愛のある家庭というのは本当だろう。
旦那さんのほうから誘い水をしているのに、彼女らは苦しくともいっしょにいることを望んだのだから。
しかし、そうなってくると大きな疑問が生じる。
「……そんな愛のある家族と、なんで父さんが再婚するの?」
至極真っ当な疑問をぶつける。
苦境に陥ろうとも、家族でそれを乗り越えて行こう。
そんな愛のある話だけに、なぜ父の出番があるかわからない。
そもそも離婚してないじゃないか。
すると、父は表情を暗くさせて、深い深いため息を吐いた。
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